進路の話
水崎の夢はアニメーターであり、それはブレていない。実は映像研のメンバーで一つの職業を夢としているのは自分だけだとはたと気付いたときがあった。
浅草は最強の世界が描ければよくて、金森は経済が好きで、百目鬼は音が好き。それは特に就職に結びつけられたものではない。
「みんなはー、進路ってどう考えてるの?」
水崎が平静を装って聞いた質問に、それぞれが手を止めて考える。ちょうどおりて来ていた百目鬼は、音響室にこもる前に「就職」と言って部屋に戻った。
「大学進学ですかね」
「ワシもたぶん進学」
「……あ、みんな考えてるんだ」
「水崎氏は?」
「うーん、何も考えてないわけじゃないけど」
(まさか、同じ会社に就職しようなどと青春ごっこで進路を決めようなんて言うつもりはないけど、)
「けど、みんなと会社でも作ってアニメ作り続けられたら最高だなって」
「いいですね、それ」
金森の頭の中はお金のやりくりのシミュレーションが進行中で、なんとなくその場の話は流れていった。浅草もいいなと頷いたものの、そこから話が広がることはなかった。そもそも作品の締め切り前のバタバタしているときに話すことではなかった。
さて、季節は廻り進級して再び進路の話になったときに、水崎がぼんやりと思い浮かべていたその華やかな青春の続きのような夢は崩れた。
「えっ、金森さん進学するの? 前に映像研で会社作れたらいいなって言ったらいいですねって言ってたじゃん!」
「会社を興すこと自体はいいと思います。しかしまず資金調達の問題があります。現状、映像研の備品はほとんど学校のものです。そして音響。百目鬼氏がとってきた音は個人所有物と主張できるとしても、元の部屋から運んできた音源は元音響部のもの。学校外に持ち出せません。その他、事務所や回線、そして、最初の収益があがるまでの給料。それらを用意するだけの資本金が必要なんです」
「そりゃ実に惜しい」
「学校側がゴミと認めれば持ち出せる可能性はありますが、映像研に新入部員でも入ればそれもかないますまい」
「入るかね、この同好会に」
「入るとしたら相当厄介な奴でしょう。とにかく音は持って出れないことを前提として考えておくべきです」
場所も備品もない。そうなると確かに活動の継続は絶望的だった。さきほど勢いよく立ち上がっていた水崎がソファーに倒れこむように座る。
「むずかしいんだ」
「繰り返しますが私個人としてもこの映像研を部活動で終わらせるには惜しいと思っていますし、会社を興すこと自体はいいと思います。幸い、例の屁理屈のおかげでこれまでコメットAなどで販売している売り上げは部活動ではなく我々の収益ですので資本金はゼロではありません。しかしそれでは足りない、と言っているのです」
「あ、ずっと気になってたんすけど、二重帳簿なんすね?」
「そうです。部費と個人収益でそれぞれ分けて帳簿をつけています。部費を使うには顧問の承認もいるし生徒会への提出もあります。まかり間違ってもそこと個人収益を混同してはならない。部費は余ったら返還しなければならないのにビタ一文収益を混ぜてなるものか。ちなみに個人収益については、銭湯など福利厚生費として使っていますよ。さすがに部費からは出せません」
「へー、すごいね」
「へー」と「すごいね」の間の「よくわからないけど」という幻聴をしっかりと聞き取った金森は、帳簿についての話はここまでとすることにした。もう既に一名は別のことを考えている顔をしている。
「何度も言うが本稼働には金も音も足りない。ちょうどいい機会ですので、本当に会社を興すなら、という今後の展望を話します。私はいずれにせよ本格的な経営をするにあたって一応学士号は取りたいと考えています。学歴が効くバカも一定数いますからね。その間、おたくらが進路をどうするかは自由ですが、ここに一つの提案を挙げるならば、親のすねをかじれる間にモラトリアムを謳歌し、コメットAの参加や音録りに励んでもらいたい。そして時にはインターンとして商売敵に潜り込んで技なりなんなりを盗む。そこからの会社設立をしたい」
「いんたーん?」
「調べろ」
「私は就職っすね。金ないし」
「ふむ、では高校卒業と同時に会社を興して百目鬼氏を囲っておくのもアリですね」
「さっそく主張を変えたぞ!」
「当たり前だ! 百目鬼氏ほどの能力者、採用コストがかかりすぎます」
っていう会話を芝浜2050に入れていたのですが長くなるのでやめました供養。