Mymed

同棲してる話

お題箱より『成人後同棲かなあさのお話』(2回目)


 ふわりと苦い煙草の香りがして、浅草はくしゃみと共に目を開けた。床に寝転んでいた彼女を覗き込む形で金森がしゃがみこんでいた。
 金森は浅草の唇を柔らかく噛むようにキスをした。

「おかえり」
「ただいま」

 所謂ただいまのキス。どちらから言い出したのかはもう同棲3年目ともなると覚えていないと二人は言うだろうが、二人とも相手が言い出したと思っている。
 金森に引っ張り起こされて浅草はソファーに座り直した。金森は浅草を起こしたあと、惣菜を電子レンジに突っ込んだ。

「床で寝るから風邪を引くんですよ」

 くしゃみをしたのは風邪のせいではなく、浅草の鼻先に落ちてきていた長い髪についた煙草の香りが鼻孔をくすぐったせいなのだが、浅草は黙って頷いた。実際寒気は感じていた。
 経済活動や利益を生む活動が好きな金森にとって、煙草は料金の半分以上が税金などという無駄なものである。そこに利益を生む可能性を見つけたのは最近のこと。一箱で契約が取れるなら、と手を出して5本目。まだ肺に入れるのは違和感がある。それでも最初の一口だけは我慢できるようになった。

「煙草、匂いついとるよ。無理して吸わんでもええじゃろ」
「喫煙所のコミュニケーションを重視する老人がいるんですよ。このコミュニケーションツールがどれほどのリターンに見合うのか見極めてやります」
「一昨日もそう言ってたけどまだ見極められてないみたいじゃな」
「まぁ。そっちは一昨日に言った絵コンテはできたんすか」
「……いやぁ」
「今日中だって言っただろうが」
「今日はまだあと5時間ある」

 浅草がパッと起き上がり、隣の部屋の物が散乱したデスクに駆け寄る。
 二人が暮らす3LDKの一部屋でもあるその部屋は、浅草を社長とする会社の事務所として登記している場所でもある。はじめは水崎や百目鬼もいた会社は規模を縮小し、それを機に会社を二人の部屋に移転した。
 金森が冷蔵庫から缶ビールを取り出してプシュッと開けても浅草は絵コンテに取り掛かり集中したままだった。

(今日はいちゃつこうと思っていたのに、家賃を経費で落とすためとは言えゼロ距離というのは失敗だったか)

 ビールを片手に後ろから作業を眺めつつ、時々作業中の浅草の口に惣菜を突っ込んでただそれを眺める。金森はその時間がけっこう好きだった。
 やがて夜が更け金森が寝ても、浅草は仕事をしていた。浅草がやってきて金森に抱きつくようにして寝たのは朝方のことだった。うっすらと目を開けた金森は、目だけ動かして日が昇っていることを確認した。

(今日のデートはキャンセルだな。予約しなくてよかった)

 営業活動を行うことから平均的な就業時間の金森に比べ、短期集中型の浅草はかなり不規則である。そのため、こうしてすれ違うことが増えていた。とはいえ、付き合った当初よりも言いたいことを言える二人は気持ちがすれ違うことはほとんどない。
 浅草を抱きしめ直して二度寝を決め込む金森の朝はゆっくりと過ぎていった。
 金森が起きると、部屋いっぱいに香ばしいトーストの香りがした。

「……私の方が遅いとは」
「おはよう。ちょうどできたところじゃ、よ」

 エプロンをつけた浅草が呼びに来たのをぎゅっと抱きしめると、浅草はくすぐったそうに笑った。

「なんじゃ」
「もっと寝ててもいいんすよ。寝るの遅かったでしょう」
「いや、ワシ昨日けっこう昼寝した。長めの昼休憩……、いわばシエスタ」
「チッ、仕事中に昼寝をするんじゃねぇ!」

 抱きしめた浅草をベッドに投げ飛ばし、金森は顔を洗いに行った。浅草も笑いながら起き上がりリビングに戻る。金森が来る前にグラスに牛乳を注ぎ、トーストの上にベーコンと目玉焼きを乗せる。

「これぞ! 某動く城モーニング」
「今日のデートは普通に行けますね」
「先週はごめんって。行きたかった原画展が始まるから、そこに行きたい」

 こんな休日の始まりを二人は楽しんでいた。愛していると言ってもいい。しかし、浅草がくしゃみを連発する今日はそうもいかなかった。

「おたくやっぱり風邪を引いたんだな!?」
「おかしいな」
「何もおかしくない。床で寝るからだ。原画は見たし食料買って帰りましょう」

 スーパーは肌寒く、浅草はいつも以上にぴったりと金森にくっついて歩いた。

「なぁ、金森家では風邪のときの定番なんじゃった?」
「牛乳」
「それは毎日じゃろ」

 熱が出ているわけでも動けないわけでもないわりには大袈裟な買い物を終えて予定より早めに帰宅した二人は、早めの風呂に入りベッドに寝転んだ。サイドテーブルには浅草がほしいと言ったゼリーなどがどっさりと置かれている。おそらく元気なときでも食べきれない量だ。

「なんで私も寝ることになってんすか」
「こんなときは並んで寝てアニメ三昧に限――、ちょっ、どこを触っ」
「いいですよ、アニメ見ててくださいよ」
「ひゃ、ちょ、ワシ、風邪」

 結局アニメも見れず、寝ることもできずに夜は更けていくのだった。


ヤマなしオチなしイミなしのほのぼの同棲日常書きたかったので満足。