Mymed

恋の遺伝子

 姫は時々姉さんの部屋に来ている。隣の部屋なので、時々声が聞こえるのだ。パジャマパーティーも頻繁に行われている。抜けている姉さんが魔王城でいじめられるようなことがないか心配だったが、楽しそうだ。まぁ、仲良くするのが人質の姫でなく、同じ部隊の魔物だったらもっと良かったのだが。
 とにかく、アトリエに遊びにきた姫に話を振ったのは姉さんの話だったのだ。
 小さな手で柔らかくピアノを弾きながら姫は答える。本日は伴奏を付ける気分のようで、ライブ感のある会話になっている。

「今更だけどなんで姉さんと仲が良いの?」
「鳥ガールの羽毛布と――体温がねぇ、最高」

 あ、これ、対等な友達じゃないやつだ。いや、でも王族だとそういう感じになってしまうのだろうか。

「とにかく鳥ガールの寝床はいいよ……。魔王城の寝具の中では上位だね。前にいろんな魔物のベッドに寝転んでみて点数をつけた。君のは鳥ガールとほぼ同じだったから寝てないけど」
「今のは朗報だよ」
「タソガレ君の寝室も王族だけあっていいよ。実家のベッドと同じキングサイズだし、シーツもいいし……、あとはレオくんのベッドもいいよ」
「ふーん。人型だしね。でもあくましゅうどうし様って、修道士なだけあって質素倹約でしょ? いい寝具ってわけじゃないんじゃない?」
「そうだね。レオくんのベッドは、私お手製の枕がいっぱいあるのもあるけど、いい匂いがするからよく寝てる」

 枕がいっぱいっていうのは、うん、たぶん姫が枕を配ってたときとかに集めたのだろう。想像の範囲内だ。問題は後半。

「よく寝てるって……。え? あくましゅうどうし様の……ベッドで……? 寝具としての順位を調べたって話じゃなかった?」
「うん、寒いときはねぇ、レオくんの抜け殻となったホカホカのベッドでねぇ」
「待っ、待って……?」
「二度寝が最高でねぇ」
「待って!!」

 姫は首を傾げる。

「何?」

 あのナマグサジジイ、手を出したのか?
 いや、悪魔とは思えないピュアさ……。手出ししたとは思えない。じゃあ、寝てるって本当に寝具として? いや、そうだよな。最初から寝具の話しかしてない。
 それにしてもいい匂いって。外見はああでもジジイだぞ。加齢臭とかないのか。

「……その……、姫ってさぁ、あくましゅうどうし様のこと好きなの?」
「? 好きだよ」

 あ、これそういう好きじゃないやつだ。
 慎重に聞かないと……。いや、聞いてどうするって感じではあるんだけど……。

「恋愛感情とかの話で」
「うーん……。考えたこともないや。だって、恋愛って伴侶を選ぶものでしょ。私には必要ないから」

 あ、そうか、姫には婚約者がいるから。だから恋愛じゃなくて博愛なんだ。良くも悪くも、王族らしい答えなのかもしれない。

「鳥ガールも恋愛の話をしたがるよ。鳥の魔物ってそういう話が好きなの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「じゃあ鳥ガールには内緒ね。鳥ガールが憧れてるものを必要ないとか、憧れてないとか……、さすがに言いづらい」
「あ、……わかった。ありがとうな」
「ふふ、きょうだいなかよしだね」

 姉さんのこと、完全に利用してるってわけじゃなさそうだ。姉さんのことを少し可哀想に思っていたが、見方を改めた方がよさそうだ。
 それにしても今日は何の目的で来たんだろう。いつものように曲の制作を頼まれるわけでもないし。ピアノを本格的に弾きたいというわけでもなさそうだし(占領されてはいるが)。

「姫ぇ! 待ち合わせ遅れましたぁ!」
「待って、ここを待ち合わせ場所にするのやめて」
「ご飯行こ」
「今日は人間界のドラマってやつが映るんですよね!」
「そうらしい」

 何で俺も? と思ったが大人しくついていくことにした。余計な抵抗をして体力を消耗したくはないし、姉さんとの関係も悪くないようだし。

「あ、もう始まってる――……」
『運命の恋人ってすごくいい匂いに感じるんですって。遺伝子の仕組みらしくって』
「運命の恋人……! はわぁ、素敵……。姫、もっと前の席に行きましょ」

 姉さんに引っ張られる手を振りほどき、姫がバッとこちらを見た。姉さんは前の席でドラマに見入っている。楽しそうで何より。

「……何か……聞いた……?」
「……いや……、最近いい匂いっていうキーワードは……聞いたなとは思ったけど」
「あ、悪魔だし……、そりゃ、遺伝子は……違うし」
「うん、あのっ、そういう言い訳するとね、真実味増しちゃうから!」
「ひっ、姫たる、私は……! だっ、だめで!!」
「うんっ、そうだよね、姫! もう今日はさ、寝たら!? たぶん疲れてるから!!」

 姫をなだめながら、俺は少しだけ混乱していた。
 自覚、あるじゃん!!
 めっちゃ自覚あるじゃん!!

「……好きなんかじゃないのはこっちだもん」
「……あ、あぁ~」
「姫たる私は……!」
「うんっ、もうほんと、わかったから!」

 なんか、前もあくましゅうどうし様に同じようなこと言ったな。
 顔を真っ赤にして走り去る姫を見送りながら、誰か、姫の『姫』という枷を外してあげてほしいと思った。それが同じように狼狽するピュアな悪魔であったならいいのに、と少しだけ思ってしまった。

「……いい曲ができそう」

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あくましゅうどうし出てこないけどあくスヤと言い張る。