Mymed

ストーカーこわい

 姫が例の手紙をものともしなかったらしいことは、あくましゅうどうしにとっても魔族にとっても良いことだったと思う。我輩が統治する魔王城は有能な人材を手放してやっていけるほど成熟してはいない。
 今日は特に姫が何かしたわけではなく、姫に聞かれたくない話をするために彼女の居場所を把握しようとビジョンに姫の姿を映していた。話は進まず、あくましゅうどうしはひたすらビジョンを見続けている。わかっていたことと言われればそうかもしれない。

「ポセイドンくん、近すぎますよね、あれ」

 あくましゅうどうしの奴は、姫への想いを本当に全く隠さなくなった。かなり前から隠さなくなっていたが、こうして嫉妬の共感を得ようとするのはどうなのだろうか。
 そして今、ビジョンで見ている姫とポセイドンはいつものように言い争っているだけで特に近くも仲良くもない。大方いつものようにナスあざらしを取り合っているのだろう。

「あんなの子ども同士で遊んでいるようなもの……ひぃ……、目が血走っているのだ……」
「というか、姫のあのジャージ姿、足出し過ぎですよね……?」
「……どこを見ているのだ」
「大体姫は少しズレているんですよ」

 我輩の言葉は無視して、あくましゅうどうしはビジョンを睨み続けている。苛立ちが姫と言い争うポセイドンから姫に移った。そのようなこと、初めてだと思う。
 前に人間の文献を読んだときに、ストーカーは最終的に相手を害することがあると書いてあった。周りへの嫉妬がひどくなると好きなはずの相手が愛想を振りまくのが悪いと思い始めるという例が載っていた。あくましゅうどうしはその段階に近付きつつあるのではないだろうか。
 ゾッとした。
 有能な部下が姫を独占できないことに悩み、取り返しのつかないことをするんじゃないかと思うと、本当に気が気でない。

「もー、行って止めてきますね。もう一匹ナスあざらしを連れて行けば解決しますし」
「あっ、待つのだ!」

 出ていくあくましゅうどうしを追いかける。といっても、早歩きくらいなのですぐに追いついた。姫とポセイドンを1秒でも早く引き離すためにダッシュするのかと思っていたが、おそらく突然走ると腰が爆発するからだ。
 あくましゅうどうしは氷エリアでナスあざらしをすっと回収して、姫とポセイドンの間にナスあざらしを差し込んだ。

「こらっ、ケンカはだめでしょ」
「あ、レオくーん」
「魔王まで。二人とも何しに来たんだよ。監視でもしてたのか」
「たまたまshow the メアリーに映ったときにケンカしてたから。あと姫、その服……」

 そんなにすぐに言及するとは。あくましゅうどうしが我輩の目の前で姫を害すとは思えないが、その目は――……。

「あれ……?」

 その目は、恋愛感情でもなく、狂気でもなく、慈愛に満ちていた。

「足を出し過ぎだよ。体が冷えて風邪をひいたらどうするの」

 姫に半纏を着せようとするあくましゅうどうしと、寒くないもんと嫌がる姫。気温は下がってきたが寒いというほどの時期ではないが、ナスあざらしは低温なので確かに抱いていると少し冷えるかもしれない。姫としても冬本番の前の抱き納めなのだろう。呆気に取られている間に、「私が厚着するとナスあざらしがしんどいから」と言ってもう一度断る。

「風邪? 風邪の心配してたの?」
「他に何を心配するんです」
「ほ、他の男が姫の足を見ることとか」
「え? 別に姫の足はいやらしいものじゃないですし」

 いやらしくないんだけど、いやらしい目で見てるものだと思っていた。……とはさすがに言えない。
 というかそれしかないとまで思ってしまった。でも考えてみれば、確かに寒そうだからもっと服を着なさいというおじいちゃんはよくいる……いや、おじいちゃんというよりお母さんだな。

「お、なんだ魔王は足フェチか?」
「ふぇちって何?」
「……魔王様はあとでお話が。あとポセイドンくん、発言に気を付けるように」
「……。ナスあざらしが増えたしここにいる必要はもうねぇ。戻るぜ」

 ナスあざらしを抱いたポセイドンがそそくさと自分の部屋へ帰るのを見送った後で、あくましゅうどうしは瞳孔が開いた笑顔をこちらに向けた。あ、今度は正しく狂気に満ちている。我輩殺されるかも。

「ねぇ、ふぇちって何?」
「かわいいって思うことだよ、姫」
「魔王は、足がかわいいって思うってこと? じゃあ私はでびあくまふぇちだね」

 姫はナスあざらしをぎゅっと抱いて「もちろんナスあざらしふぇちもだよー」なんて話しかけつつ牢のベッドに戻っていった。
 残されたのは我輩とぶちギレた笑顔の部下。

「あ、足フェチじゃない……ひどい誤解なのだ……」

 誤解を解くまで1時間、姫の足をいやらしい目で見ていたのかとかなり厳しく詰め寄られた。
 きっと一瞬でもあくましゅうどうしを疑ってしまった罰なのだ、と誠心誠意返事をすることにした。いやでも、普段のあくましゅうどうしの行動のせいだよな、とも10分に1度は思ったのだが。