Mymed

これは看病です

 あくましゅうどうしはその日、熱で参っていた。せっかく着替えた服も再びパジャマに着替えさせられ、ベッドに追いやられていた。
 魔王城内ではデビフルエンザが流行し、のろいのないかいとアリクイ医師が手分けをして城内を飛び回っていて、少しでも体調の悪いものは休むように、と魔王タソガレ直々のお達しが出たほどだ。医療行為はできないまでも、ヒーラーとして手伝おうとしていた矢先のことで、あくましゅうどうしはのろいのないかいに診てもらう間、「情けないなぁ」や「予防接種は受けたのに」などとぼやいていた。朝からこんな調子なので、のろいのないかいは何度目かの謝罪をスルーして診断を言い渡した。

「確かにデビフルエンザ予防接種の効果は100%じゃないけど、あくましゅうどうし様のは症状からみてデビフルエンザじゃなさそうですね。更にうつる可能性があるのでこの部屋で過ごしてください。適当に看病する人を送りますね」
「いや、いいよ寝とけば治るし……」

 のろいのないかいが次の患者のもとへと行ってしまったので、あくましゅうどうしは天井を眺めながらふうっと息を吐いた。頭が痛く体がだるい。そんな状況でも考えてしまうのは姫のことだった。

「今日は姫が死ななきゃいいけど……」
「死なないよ」
「え……姫……?」

 独り言に返事をしたのは、今しがた無事を心配したオーロラ・栖夜・リース・カイミーンその人だった。いつものドット柄のパジャマではなく、二日酔いがひどいときに見たさすらいの医者・スヤの格好をしている。
 あくましゅうどうしは驚く気力もなく、首を振って帰るように促した。

「レオ君を看病すれば子守唄作ってくれるって言われたの。レオ君はデビフルエンザじゃなくてうつらないからって」
「い、いいよ……。今日死なないでくれたらそれでいいから」
「看病のやり方もまとめてくれたの。いいから寝て」

 姫は起き上がりかけたあくましゅうどうしを寝かせ、その額の上にナスあざらしを乗せた。ナスあざらしの柔らかい体は目までを覆い、あくましゅうどうしはひんやりして気持ちがいいと素直に思った。ツノがナスあざらしを体をちょうどよく支えているらしく、丸いふわふわボディは安定している。

「……本当にこうしろって書いてある……?」
「んーん、これはこの前気持ち良かったから。オススメ」
「……ナスあざらしが可哀想だから返してきてくれるかな? 低温やけどしちゃうんじゃないかな」
「! わかった!」

 姫は慌ててナスあざらしを氷エリアに連れていった。

(たぶん他の興味があることを見つけて、もう来ないだろうな)

 あくましゅうどうしはぼんやりと天井を見続けた。ほっとしたような、がっかりしたような複雑な気持ちだった。しかし、完全な仕事モードではないが、それに近い状態の姫はあくましゅうどうしの予想に反してすぐに戻ってきた。

「では、看病を続けます」
「……資料には何が書いあるの?」
「えーと、患者が仕事をしようとしたら止めること……、おでこ、脇の下、太ももの付け根を冷やすといい……。この氷を巻いたタオルを入れるね」

 姫は有無を言わさず布団をはいで、あくましゅうどうしのパジャマのボタンを外した。拒否をしようとするあくましゅうどうしには構いもせずに氷を巻いたタオルで作った簡易的な氷嚢を脇の下にはさむ。

「気持ちいい?」
「気持ちいいけど、もう……やめて……」
「けっこういい筋肉してるね」
「……あっ」

 姫は少しだけ遠慮したのか、触れるか触れないかくらいのくすぐったい触り方であくましゅうどうしの腹筋を触った。ゴム手袋をしているので、あくましゅうどうしの温度は感じ取れない。そのため、姫は手袋を外してもう一度腹筋を撫でた。あくましゅうどうしは再び情けない声を上げそうになるのをこらえながら、背中から腰にかけてゾクゾクと皮膚が粟立つのを感じた。

(やばい)

 あくましゅうどうしの頭の中には、その単語しかなかった。
 下半身に血流が集まりつつある。このままでは姫は間違いなく太ももの付け根も冷やすと言い出す。下は絶対に死守しようと、あくましゅうどうしは考えた末に姫に背を向ける形で丸くなった。

「ね、寝てれば治るから。本当にありがとう、姫」
「ぬ……、仕事はやりきる」
「本当に寝たいんだ」
「……そっか、寝たい気持ちは邪魔できないな……。仕方ない、じゃあ寝かしつける」
「いいってば」

 丸くなり帰ってほしいと必死に頼むあくましゅうどうしに対し、姫は余白が空いたベッドに腰掛けた。

「病気のときって、心細くならない? 私は、レオ君にそんな思いしてほしくないんだよ」
「……ありがとう……、本当に優しいね、姫は」

 そう返答しつつも背を向けたままのあくましゅうどうしを見て姫は少し不満げな顔をした。しかし、それが見えていないあくましゅうどうしはひたすらに牢に帰ってほしいとしか言わない。
 姫は背を向け続けるあくましゅうどうしの肩に手を置いた。ぐいっと顔を寄せ、耳元で囁くように子守唄を歌う。
 あくましゅうどうしは声にならない叫びをあげた。いっそのこと、いつもの刺激が強すぎるときのように気絶してしまいたいとすら思ったが、気絶して怒張しつつある下半身を見られたらと思うと意識を手放すわけにはいかなかった。だが、気にすればするほど、耳元の囁き声に体が反応してしまう。

「ひ、姫、やめ……やめて……」
「いいこいいこ」
「いい子じゃないんだ……」

 もしも、理性がなくなってしまったら、自分は姫に気持ち悪い思いをさせてしまう。あくましゅうどうしはその思いだけで涙目になりながら、必死に拒否をし続ける。しかし、拒否されることが気にくわない姫には逆効果だった。元来、目を見て話したいというタイプの姫には、今日のあくましゅうどうしの態度は本当に辛いのを隠しているようにしか見えなかった。そのため、看病を続けなければという使命感が余計にめらめらと燃え上がっていたのだ。

「レオ君!」

 病人の体力では籠城作戦は失敗し、仰向けに戻される。しかし姫も腕だけではどうしようもなかったらしく、あくましゅうどうしをまたぐ形で全身を使って押さえつけていた。

(無理……死んじゃう……死んじゃう……! この体勢、だめだ……!)
「丸まったら熱がこもっちゃうんだよ。たぶん良くないと思う」
「姫、本当にだめだから」
「ついでに、太ももの付け根も冷やそうね」
「やめてくれって言ってるだろ!」
「でも、看病……頼まれて……、いつもお世話になってるレオ君に元気になってほしくて」
(別のところが元気になっちゃったんだよなぁ)

 腹に座って言う言葉ではないが、一応姫なりに考えた結果だった。姫としてはレッドシベリアン・改のふわふわの毛ややはりとげマジロの柔らかい腹を枕にするときの感覚だが、あくましゅうどうしにとっては違う。そもそもレッドシベリアン・改に一度注意したことすらある。元々四足歩行の犬だった改はその体位を取ることがないために彼が意味を理解してくれることはなかったが、後から考えてみると意味がわかったとしたら今までの比ではなく引かれていたことは間違いない。
 あくましゅうどうしとしては、どうにか穏便に帰ってもらわなくてはならない。しかしこの腹の上に姫がいて下から見上げる体勢が一層の欲情をかきたてた。その上、先程はだけられた上半身はそのままで、姫の手が時折敏感なところを触るので、あくましゅうどうしの下半身は完全に起き上がっていた。

(これ抜かないとおさまらないかも)
「レオくぅん……、レオくんの体あったかくってぇ……眠い」
「だっ、だめだよ! 本当にここで寝ないで!!」
「でもぉ……」

 姫が、寝転ぶ体勢をとろうとあくましゅうどうしの腹の上で後ろに下がった。姫のお尻が、彼の怒張したものをぐにぐにと刺激する。

「ん……っ、ぁ」
(お尻……! お尻が、当たってる! 死ぬ!)
「ひ、姫ぇ……」

 姫はいつもの寝つきの良さで、あくましゅうどうしの首筋にコテンと頭を打ち付けてすぐに寝息を立て始めた。
 その瞬間、あくましゅうどうしは生理的な反応で腰を突き上げてしまった。姫のお尻にこすりつける形になり自己嫌悪で死ぬかもしれないと思いつつも、得も言われぬ感覚に全身が悦ぶのを感じる。

「ひゃんっ」
「……っ、ごめ……っ」
(す、すまた……、だめだ、これ以上は絶対……)
「あ……っ」

 そのまま我慢してドクドクと脈打つそれを鎮めようと動かずにいると、再び姫のお尻が当たった。あくましゅうどうしは気絶寸前だったが、なんとか耐える。それが何度かあった後にあくましゅうどうしはそのまま達してしまい、それまでは出なかった渾身の力で姫を押しのけて起き上がった。姫はすやすやとベッドで眠っている。
 ひどい自己嫌悪に苛まれながら、あくましゅうどうしは着替えてソファーに倒れこんだ。姫を汚してしまったのではないかと泣きそうになっていたが、いよいよ体力の限界が近づいていて自害するような真似はできなかった。

「最低だ……。しかも私……早くない……?」

 何か違う絶望もありながら、あくましゅうどうしは眠りについた。
 数時間後、のろいのないかいが様子を見にやってくると、青ざめた顔でソファーで眠る彼の上司と、病人であるその上司のベッドを奪って寝ている人質を発見した。彼は再び査定が悪くなるのを覚悟したが、給与査定は無事であったとかなかったとか。