恐怖!枕ソムリエ怪人
「サキュン……、今日は枕つくりをマスターして」
「もー、どうせそれで寝るつもりなんでしょー」
――そんな、影む……、いえ、普通の訓練の一環で始まった枕づくりが、私の新たなトラウマを生むとは思ってもみませんでした。
オワリノシティ付近の森で出会ったSさんの証言である。
本誌はSさんの証言を基に、枕ソムリエ怪人について取材した。
Sさんの住む場所で度々行われる枕の配布会。Sさんの友人が作るふかふかの枕は人気であるという。その日Sさんは、友人を手伝い一緒に枕を出品した。
そんな配布会に現れたのが、枕ソムリエ怪人だという。フードを目深にかぶり顔が見えないが、声からして男性と推定される枕ソムリエ怪人は、自らを動物だと名乗り、枕を一つ持っていったそうだ。
Sさんは怪しい格好の男に違和感を覚えつつも、盛況な枕配布会を見てすぐに気にするのをやめたそうだ。
しかし、枕ソムリエ怪人は再びやってきて、また枕を一つ取った。そうしてどこかへ持って行く。それが何度も繰り返され、枕の大半はなくなったそうだ。
そこに枕ソムリエ怪人が再びやってきて、数少ない枕を手に取った。そこでSさんは気付いたという。怪人が手に取るのはいつも友人の方。Sさんの作った枕は、傍にいた人に勧め、渡すそうだ。
Sさんは神妙な顔で「友人が作ったものばかり持っていくので、勇気を出して話しかけてみました」と語った。その表情には、未だ拭えない恐怖が現れている。「何かこだわりがあるのですか」とSさんが聞くと、怪人はこう言ったという。「ステッチがずれていて、布の裁断面も荒い。綿も多かったり少なかったりする。これらは違う」と。そして友人が作った最後の一つを持っていったそうだ。
Sさんは「枕をいくつも持っていく意味がわからないし、執着も怖い」と語った。我々はSさんに出会った森から近いオワリノシティで調査を行ったが、枕の配布会の存在すら確認できなかった。Sさんはどこで枕の配布会に参加し、怪人に出会ったのだろうか。もしかしたらSさんは魔界に迷い混んだのかもしれない。
「怖い……、ここにも枕いっぱいあるし、オワリノシティって近いし、来るかも……! 勝てるかわからないし怖いよね」
「また怪談本なんて読んで。懲りねぇなぁ」
「こ、怖いねぇ」
姫が読んだ怪談本が怖いと仲が良い魔物をずらりと集めて読み聞かせるのは、初めてのことではなかった。はりとげマジロたちは前回知らないふりをした前科があるとのことで、あくましゅうどうしやさっきゅん、ハーピィも追加されており姫の牢はいつも以上ににぎわっていた。
その中で、冷や汗をだらだらとかいているあくましゅうどうしと、目が泳ぎまくっているさっきゅん。この二人は、この場にいることをひどく後悔していた。
(お金のためにそこらへんをうろついてた人間に怖い話をしたのがここまで届いてる……!)
ハーピィがちらっとこちらを見てくるので、さっきゅんはハーピィとは反対側を見た。すると、上司であるあくましゅうどうしがカタカタと震えている。その目もこちらを見ていた。
(うがー! しかもネタを売ったことばれてる……!)
ところで、さっきゅんは枕を配布している途中に現れた黒ヤギを名乗る男については心底恐怖していたが、実はその正体には気付いていない。そんなことを知らないあくましゅうどうしは、小さく絶望していた。
(部下に奇行をさらされた上にそれを姫から読み聞かせられるなんて最低だ)
姫に言われるがまま牢にノコノコやってきた自分を殴りたい。そんな思いであくましゅうどうしはさっきゅんを見ると、さっきゅんの目は泳ぎ続けている。
一方の姫は、そんな二人を見て自分と同じく恐怖していると考えたようだった。
「怖いよね、レオくん。サキュンも……。でも、元ネタがあるはずなの。正体がわかれば怖くないから。さぁ君たち、正体を教えて」
「正体っつったって……」
やしき手下ゴブリンがちらっとあくましゅうどうしを見ると、青ざめたあくましゅうどうしがびくっと体を震わせた。
彼らは彼らで、困っていた。
(この人に違いないけど、本人の前でバラしていいのか……?)
もはやカオス。
ハーピィも深刻な顔をしながらその場にいた。
(さっきゅんさん、姫のことを友人だと紹介したということですよね……)
さて、あくましゅうどうしは正座して先日の枕配布会について振り返っていた。体を床に横たえてしまいたいくらいの脱力を感じながら、手をついて体が倒れないようにしていた。その姿を他の魔物たちは痛ましく見ていたがあくましゅうどうしはその視線に気付かないほど周りが見えなくなっていた。
あくましゅうどうしとしては、枕が配布されているのでもらっただけのつもりだった。ずらっと並んだ枕の中で、光って見えるものがあって、それを受け取ったに過ぎない。いつも使っている枕に近いものを選んだだけだ。それがまさか姫の手製とさっきゅんの手製の違いを完璧に見抜いていたとは。
(……さっきゅんが作ったのもあるんだろうなと思ってはいたけど……、そうか、完璧に……)
「この……怪人は特定の枕を集めてるみたいなの。でもどういう枕を怪人が気に入るかわからないよね。ステッチとか、綿とか、結局好みだと思うし。ここにある枕が気に入らなかった場合戦うのかな。勝てるかわからなくて本当に怖いの」
(え……怖がらせてしまっている……。不本意中の不本意だ)
自覚はあったが、客観的にみることはできていなかった。
(でも確かに客観的に聞くと怖すぎる。姫にはもちろん、さっきゅんにも悪いことをしたな……)
照れながら反省する姿も客観視できた方がいい。
いつも通りといえばいつも通り、あくましゅうどうしは自己嫌悪に苛まれていた。気持ち悪いだけではなく怖がらせてしまっている。それは彼の心をえぐったが、やがて一つの結論を前にしてヒッと息を飲んだ。
(姫に正体をばらされるわけにはいかない。トドメを刺されるわけには)
「姫、その怪人は人を害するわけではないみたいだし」
「うー、でも正体がわかったからって怖くなくなりますかねぇ? 幽霊とかだったらどうしましょう。あんなフードをかぶった魔物知らないですよ」
「まじかよさっきゅん……」
ネタ提供をしたSさんが自分であるとさらっとばらした上に不審者の正体に気付いていなかったことも信じられない。魔物たちは衝撃をもってさっきゅんの発言を受けとめた。フランケンゾンビだけは受け止めきれずに噴き出している。
「幽霊……、幽霊ってはさみで倒せるかな」
「ゴースト系の魔物ってことだろ。倒せる! 姫なら倒せるよ! もし魔物でも姫を襲うなら倒して問題ない。あくましゅうどうし様が蘇生させればいいだけだ。ですよね、あくましゅうどうし様!」
「うん……」
「倒せるなら怖くないか」
「おう。正体は不明! だけど、倒せるから正体がわからなくてもいいよな、姫」
「うん。ありがとう」
「……ありがとう……」
「じゃあおやすみ。みんな本当にありがとう」
姫が寝る支度を始めたので魔物たちはぞろぞろと牢を出た。
一様に沈黙を保っていたが、姫に声が届かないところまで来るとフランケンゾンビはからからと笑った。
「プリン2個でいいっすよ」
「わかった……。みんなも……明日何か奢るよ……」
相変わらず金欠まっしぐらなあくましゅうどうしはもちろん、幹部を自然に脅す友人をもったはりとげマジロややしき手下ゴブリンも心労で疲弊していた。じゃあ明日、と声をかけあい、あくましゅうどうしは自分の部屋に戻った。
ベッドに倒れこみ、先日新たに仲間入りした枕を抱き締める。
姫の枕が他の魔物の手に渡ることにすら嫉妬している自分が情けない。そしてそれを部下たちにすら看破されていて気を遣われているのも情けない。
なんで自分はこうなんだろうと思わずにいられないが、それは誰もが認めるところである。もう直せるものではないのだろうか。
(姫を怖がらせるようなまねは二度としたくないな……)
姫が怖がっていたのは勝てるかわからないという部分であるため、正確にはあくましゅうどうしの行動に関してはそれほど恐れていない。が、そのことについてもあくましゅうどうしは反省していた。
それすらも独占欲のせいだ。姫に関わることが自分に起因している、ということが本当は嬉しい。そうであることに彼は気付いていなかった。
気持ち悪いと思われたくない。怖がらせたくない。それは好意というよりも畏れに近い。
誰にも見せたくない。独占したい。その欲は畏れとは真逆のものだ。
そうした混沌が愛であるというならば、悪魔にとってこの愛は極めて自然なことなのかもしれない。