Mymed

ピクニックデート

 あくましゅうどうしはこの日、有給休暇を取得していた。以前姫に壊された男の隠れ家づくりのリベンジをしようと心に決め、数日前から設計を考えていた程度には楽しみにしていた。しかし予定は未定とはよく言ったもので、朝から部屋にやってきた姫により早くも計画が崩れ始めている、そんな朝だった。

(朝から姫が会いに来てくれたのは嬉しいけど……、けど、今日は……)

 姫は腕を体の後ろで組む長老のような姿勢を取り、部屋の主のあくましゅうどうしよりも部屋の奥に堂々と立っている。あくましゅうどうしはもはやその奇妙な構図に驚くこともない。穴は塞いだのに、と姫の侵入ルートを探して小さくため息をついた。

「姫、今日は何の用かな……?」
「タソガレ君にシフトを聞いたら君が今日休みだっていうから」
「えっと……休みの人を探してたの?」
「うん。二人でピクニックしようよ」
「ピクニック……?」
(休みをとっていたのが私じゃなかったら、他の誰かを誘っていたのかな)

 チクリと刺さる胸のトゲに悩みつつ、あくましゅうどうしはにっこりと笑って了承した。下手に断って隠れ家作りを強行しても邪魔されるに決まっているし、ピクニックなら死人が出ることも何かを破壊することもない。姫のピクニックの定義がズレていない限りは。それに何より、他に休みを取っている者がいたらその誰かを誘ってしまうかもしれない。
 姫はよかった、と言いながらあくましゅうどうしの元へ歩み寄った。微笑む口元がいやに艶やかに見えてあくましゅうどうしは少し後ずさる。

「それじゃあ、準備をするからちょっと目を閉じて、手を出してくれる?」
「……うん?」
(ピクニックグッズかな)

 あくましゅうどうしは何の疑いもなく目を閉じ、わくわくとピクニックの妄想をした。ピクニックグッズなら、定番は手作りのお弁当が入ったバスケットだ。サプライズで手作りのお弁当だよ、なんて見せられたら嬉しくて立っていられないかもしれない。
 そんなことを考えながら両手を前に差し出したあくましゅうどうしの手のひらの上に、何かが置かれた。

(……軽い?)
「これ何?」
「そのまま、目を閉じたままだよ。それをちょっと振って」
「え? こうかな」

 あくましゅうどうしが持ったものを振ると、少しそれが重くなった気がした。振り続けるよう指示があり、言われた通りに振り続ける。

(なんだか急に体が重いような……。風邪かな? 姫にうつしたらいけないけど、ピクニックには行きたいし)

 目を閉じ、少し眉間にしわを寄せ考えていると不意に振っていたものを取り上げられ、「目を開けていいよ」と声がした。あくましゅうどうしがそわそわと目を開けてみると、砂時計を持った姫を見上げることとなった。

「えっ」

 視線が低く、自分の声が高い。そして重いのは、体ではなく服だった。大きな姫が自分を見下ろしているのを見た時、あくましゅうどうしはすぐに状況を察して頭を抱えた。姫は没収されたアポートの砂時計を見つけたらしかった。
 思えば、姫は後ろで腕を組んでいるのではなく何か隠したいものを後ろに持っていたと考えるのが妥当であった。姫が何か企んでいることは明白だったのだ。しかしわずかに浮かれた彼は気付かなかった。その結果、まんまと幼児化されたわけである。

「服は準備してるから、着替えて待ってて」

 そういうと、姫は止める間もなくアポートの砂時計を使った。みるみるうちに小さくなりあくましゅうどうしと同じ目線になってしまい、あくましゅうどうしはますます頭を抱える。
 小さくなった姫はソファーの上にアポートの砂時計を投げ捨て、ずるずると服を引きずって移動する。ずれたヘアバンドがあどけなさを強調していて、あくましゅうどうしは何度見ても可愛いなと思わず姫の頭を撫でた。
 姫もお返しとばかりにあくましゅうどうしの頭に手を伸ばす。

「普段は届かないからいいね。ほら、お顔も近い」
「ち、近すぎるよ!!」

 やわらかな頬が赤く染まることすら可愛らしく、姫はあくましゅうどうしの頬をもちもちと触りながらふふっと微笑んだ。

(アポートの砂時計、時間経過の他にも解除方法なかったっけ……逆回転とか……。試してみる価値は、あるか……?)

 撫で回す姫から逃げたあくましゅうどうしはソファーに投げ捨てられたアポートの砂時計を求めてソファーによじ登ろうとしたものの、残念ながらソファーの座面に顔をうずめる結果となった。腰のことを思いやって立ち上がりやすい高さを重視して選んだソファーは幼児の体にはよじ登れない高さだったのだ。ボスボスとソファーの座面を叩いていると、姫がぽてぽてとやってきて肩を叩いた。

「ねぇ、そろそろ着替えよ。お着替え手伝った方がいい?」
「えっ、いいよ、自分で着替えるよ!」

 それは以前、姫が幼児化した際に用意した子供服だった。かぼちゃパンツをはいて、シャツの上からスモックを着込む。おそろいの格好に、この一角だけ保育園のようになった。
 スモックを着たあくましゅうどうしをひとしきり眺めた姫は腕を組み満足気に頷く。

「かわいいね、レオ君」
「……一応、説明はほしいかな」
「私が小さくなったとき、けっこういい安眠ができた。そしてみんなが小さくなった時もまた、安眠ができた。となれば、組み合わせるのはひちゅぜん」

 必然という言葉を噛んだ姫はぷうっと頬を膨らませた。

「とにかく! 今日お休みのレオ君には私と遊んでもらう! それで、一緒にお昼寝するの!」

 お説教を回避しようとその計画の上澄みだけを話したのが、ピクニックというわけだ。しかし彼は数分前の自分を責めるに責められなかった。

(浮かれるに決まってるじゃないか。二人でピクニックって、それはもうデートなんだから)

「それじゃ行こうレオ君」

 二人が着ている子供服は姫の幼児化を前提とした特注品で、突然体のサイズが戻っても伸びるようになっている。とはいえ、遠出したところで体が戻ってもいけないので、荷物の中に脱いだ服を詰め込んだ。荷物の中にあくましゅうどうしがわずかに期待したお弁当はなく、昼前に帰る予定であるらしかった。
 姫があくましゅうどうしの手を握ってどこかを目指す。スモックを着た園児二人が手を繋いで歩いている姿は魔王城の動く癒しとなったが、あくましゅうどうしは羞恥で死にそうだった。しかし不思議と普段の姿のように振り払って逃げない自分に驚いてもいる。

「ピクニックってどこに行くの?」
「ふかふかの平原」
「そんなとこあったっけ」

 姫がやってきたのは、悪魔教会からも近い場所。バクムーが寝ているところだった。普段でも大きいバクムーだが、幼児化してみると絶望的な大きさだ。

「ここからぴょんって飛んだらふかふか平原。せーのっ」
「ちょっ、待って、うわっ、あああああっ」

 姫に引っ張られる形で落ちた先は、彼女の言う通りふかふかだった。柔らかくふわふわの毛、そしてバクムーの呼吸に合わせてゆりかごのようにゆっくりと揺れる足元。気まぐれにあくむーが寄ってくる。
 バクムーのお腹の上で大の字になる姫に倣い、あくましゅうどうしも寝転がった。
 視界がキラキラと光るように見えて、あくましゅうどうしはぱちぱちと瞬きをする。幼子の視界だとこんなにも世界がきらめいて見えるのか、それとも、寝転がってもなお姫と手を繋いでいるせいなのか。

「なんてふかふかで、あたたかくて、よく眠れそうなんだ。そう思うでしょ」
「うん、そうだね」
(……何もしていなくても楽しい。腰痛もないし)
「君の……休みを……待ったかい、が――……」

 姫が話しつつも眠りに落ちていくのを見ていると、あくましゅうどうしもまだお昼にもなっていないというのにまぶたが重たくなってきた。そうして、二人はピクニックの目的地に着いただけで夢の中へと旅立っていったのだった。
 
 ――数時間後、通りがかりの魔物が「うわ」と呟く。
 ピチピチのスモックを着た二人が手を繋いでバクムーのお腹の上で寝ている様子は、あくましゅうどうしへの信用度の失墜に大きく貢献したが、腰の痛みにより起きる彼がそのことを察するのはまだもう少し先である。