Mymed

作戦を続ける

 睡魔の選択肢を聞いた姫は、すぐに立ち上がり即答した。

「私はオーロラ・栖夜・リース・カイミーン。どこへ行こうがそれは変わらないし、私が民を捨てることはない。レオ君の作戦って、私と魔王の対話でしょ。じゃあ、対話しよう」
「ならば、俺の弟に一つ手柄をくれてやってくれないか?」
「ポセイドンくんに、手柄?」
「あぁ。魔王城へ行く手立てを、ポセイドンにしてほしい」
「いいんじゃない? レオ君も連れていける?」
「頼もう」

 ポセイドンは呼べばすぐに来るだろうということだったが、一度どういう対話をすべきなのか話そうということになった。
 あくましゅうどうしは姫の隣に座り、彼のしっぽが姫とハデスの間にある。あくましゅうどうしの無意識なのかどうなのかわからない独占欲はもとより、それを普通に受け入れている姫にもかなり驚く。

「……えー……、じゃあ、まずはあくましゅうどうしから、そもそもの作戦の経緯を」
「魔王城の体制は崩壊しつつある。このままだと魔界そのものの存続が危ういと思ってるんだ」
「……そこで……何を話せばいいの?」
「君が体験したこと、かな。同じ体験をすればきっと、タソガレ様も変わると思う。そのきっかけがほしいんだ」
「うん。でもそもそも、魔王って話を聞いてくれるんだよね?」
「本来は優しい方なんだよ」
「……まぁ、悪い奴ではない。自立を目指したのは評価するが、自立ではなく孤立したんだ。方法が悪かった」
「君たちは、魔王が大切なんだね」
(このひとがここまで大切にするんだから、きっと悪い者ではない)

 姫は小さくあくびをしてあくましゅうどうしにもたれかかった。そして数秒と経たずにすやすやと寝息を立て始める。

「おや、寝ちゃった」
「嬉しそうにするな。お前今、けっこう気持ち悪いぞ」
「辛辣だなぁ」
「ポセイドンにはそういう姿を見せないでほしい」

 あくましゅうどうしが丁寧にベッドにおろす。姫は街で出会った人間と街で出会った魔族が手を取り合う夢を見た。そして、それを見下ろす王位を継承した自分の隣には、あくましゅうどうしが微笑む。そんな未来を夢見たのだった。
 翌日、ハデスの連絡によりポセイドンが旧魔王城にやってきた。

「……姫!?」
「君が、ポセイドンくん? ……裸族じゃん」
「神族だ。見つけてくれたんだな、兄貴」
「あぁ。お前に託す。あくましゅうどうしも連れて行ってくれないか。身の周りの世話をさせてる」
「……ジジイ、久しぶりだな」
「久しぶりだね、ポセイドンくん。お饅頭いるかい?」
「いらねーよ」
「少し疲れているみたいだけど、野菜はきちんと食べている? お肉もいいけど、ビタミンも」
「だーっ、相変わらずうっせぇな! 行くぞ!」

 照れ隠しのように怒鳴るポセイドンにあくましゅうどうしはにこにこと頷いた。
 ポセイドンに連れて来られたのは、苦労して抜け出した魔王城。マグマが煮えたぎる城なのに、じっとりとした嫌な空気が漂う。

「ポセイドン」
「魔王様……、姫を連れ戻しました」
「よくやった」
(これが……魔王)

 姫は、さらわれて以来初めて、魔王を間近で見た。冷たい瞳の下にはひどい隈がある。姫は初めてハデスを見た時に魔王に似ていると思ったが、今は全然似ていないと思う。ハデスの方がまだ心の余裕がある。

「……私は連れ戻されたんじゃない。自分から戻ってきた」
「ほう?」
「人間界の姫として、あなたと対話をするためだ」

 姫の言葉に、魔王は肩を震わせて笑う。

「対話? 対話だと? 人質の姫が。……くだらん、牢に入れておけ」
「……! 待って!」

 連れて行かれそうになった姫の手を掴んだのは、あくましゅうどうしだった。

「タソガレ様――……、いいえ、魔王様。お久しぶりです。立派に成長なされて、嬉しく存じます」
「あくましゅうどうし。せっかく気付かないふりをしていたのだ、そのまま帰ればよいものを」
「姫の話、聞く価値はあると思うのですが」
「我輩は聞かないと言った」
「タソガレ様」
「しつこい。貴様も牢に入るか? あくましゅうどうし」
「……ま、魔王様! 俺も、話をするくらいはいいと思――……」
「ポセイドン。貴様のことは兄弟同然に育ったので大目にみてきたが、そろそろ厳しいぞ」
「……失礼、しました。じゃあ、俺は連れてきたので、これで」

 ポセイドンはぐっと唇を噛んで走り去った。そのまま兄の元へ向かい、不穏な流れになっていることを伝えるために。
 あくましゅうどうしは顔面蒼白で、次の手を考えていた。魔王がここまで頑なであるのは想定外だった。こうなると、姫を安全に帰すことだけを考えなくてはならない。
 ぎゃあ、と悲鳴が上がったのは突然だった。大きなはさみを構え、姫がその中心に立っていた。

「魔王タソガレ。対話すら拒否する理由は何? 何のために私を誘拐したの?」
「目的は対話だ。しかし貴様ではない。王との対話だ」
「私だって、王族としての立場はある。父上を説得することだってできる」
「……もてなしが丁重すぎたか? 貴様の細腕ほどある鎖を用意してやろうじゃないか。おい、はさみを取り上げろ」
「対話ができないなら、うちの国の勇者の代わりに私が戦う。私が勝ったら話を聞いて」
「スヤリスさん! だめだ!」
「ふん、よかろう。黙らせて牢に繋ぐ方が早い」
「タソガレ様、落ち着いてください。お願いします、姫を――……、彼女を、傷付けないで」
「貴様が蘇生すればいい。誰かあくましゅうどうしを押さえておけ」

 魔王が手袋を外しながら命じると、すぐさまあくましゅうどうしは床に引き倒され後ろ手に拘束された。今まで自由に立っていることを許されていただけだったのだと思い知る。
 姫がはさみを振りかざすと、魔王はそれを片手で受け止めた。そのままカウンター攻撃で魔王の魔力で黒く染まった手を振りかぶる。と、姫はタイミングよくその手を蹴り飛ばし、距離をとる。
 姫は意外にも善戦していた。1ターン持ちこたえただけでもギャラリーからは歓声があがったが、既に数ターンが経過していた。

(タソガレ様が本気ではないとはいえ、意外と互角だ……)

 これほど長く戦ったことのない姫は既に息が上がっている。
 あくましゅうどうしが生唾を飲み込んだとき、姫の武器であるはさみが弾き飛ばされた。マグマに落ち、じゅわっと溶けていく。姫の敗戦が確定したかに思われ、ギャラリーからは惜しむような声が漏れる。

「終わりだな」

 魔王は容赦なくオーラをまとった手で姫を殴ろうとした。しかし、逆にその手が傷付いた。姫はダガーを構えて立っていた。カウンター攻撃に成功したのだった。

(……おまけでもらったアサシンダガー……!)

 姫にとっては善戦継続の一手だったこの反撃は、魔王の逆鱗に触れた。
 魔王は目にもとまらぬ速さで距離を詰め、姫の首を掴んで持ち上げた。

「戯れが過ぎたな、姫よ」
「……っ、ぁ」

 姫がダガーを振りかぶるも、腕のリーチの差があり魔王には届かない。振りかぶるのをやめて腕に突き刺そうとするも、強大な魔力により阻まれた。やがて、その手もぶらんと垂れ下がり、魔王が手を離すと姫は地面に倒れると同時に墓のシンボルに変わった。

「スヤリスさん!」
「さて、あくましゅうどうし。貴様随分と人質の姫と仲が良いようではないか」
「……!」
「選べ。奴を蘇生して牢に入るか、旧魔王城で今まで通り快適に暮らすか」

***

 姫が気が付いたとき、足枷がつけられていた。脱獄前は牢の中は自由に移動できていたので、自由度が更に下がった形となる。そして、相部屋となっていた。

「レオ君。君が蘇生してくれたの?」
「……すみません、巻き込んで……。私のせいで……」
「大丈夫だよ、レオ君」

 目の前にいるのに、二人は二度と触れ合うことはない。

「せめて、魔族にいい人がいるって知ってること、伝えたかった」
「……うん」

 姫は知らない。魔王に傷を負わせたはさみやアサシンダガーを作った鍛冶職人が特定されその村がもうないことなど、知らなくていい。
 姫の冒険は、ここで終わりを告げた。


Error:魔王との友好度が低いためこの作戦は成功しません。世界線を変えてみてください。