Mymed

姫誕2020

 朝食を食べ終えた姫が牢を出ようとすると、シザーマジシャンが出入り口に立っていた。

「姫、悪いわねぇ。今日はここにいてほしいのよねぇ」

 シザーマジシャンの後ろには、はりとげマジロ達もいる。絶対に外に出してはいけないと厳命を受けている、といった雰囲気だ。

(今日は厳しそう……。大方、外部の魔物でも来ているのだろう)

「事情はわかった。はさみ魔物すやすやだったらいいでしょ」
「そうねぇ、姫は通すなって言われてるけど、はさみ魔物なら」
「いいわけあるか! あとたぶん姫は事情わかってねぇ! 姫、今日は牢で遊ぼうぜ。ほら、コ・ターツでカードゲームとか」
「……トゲちゃん、何か隠してるよねぇ」
「そんなことは!」
「ゴブゴブも、うしくんも?」

 はりとげマジロは目を泳がせながらも、姫にじっと見られても沈黙を貫いた。やしき手下ゴブリンやミノタウロスも同様である。

「俺には聞かねぇの?」
「キミが教えてくれるとは思えない」
「まぁな。つっても、この後は幹部が交代で見張りに来るから大人しくこの中で暇潰しした方がいいぜ」

 時々意地悪をするフランケンゾンビが教えてくれるとは思っていなかったが、幹部が見張りにくるということは姫にも本気度を理解させた。
 はりとげマジロに向き直ると彼はすっと目をそらした。

「……そんなに大事なの?」
「ん? まぁ、大事だな。だから姫、今日は大人しく」
「姫ぇ、時間があるからはさみ研いであげましょうか~?」
「おいやめろって! なんで脱走手段を増やそうとするんだよ!」
「……仕方ない、さすがに今日は人質らしくするか。じゃあ、人質らしく……カードゲームしよっか」
「人質はカードゲームなんかしねぇよ」

 普段は魔物の事情など意に介さない姫だが、今日の面々は絶対に通さない、という強い意気込みを感じる。迷惑をかけたいわけじゃないし、と思いつつ、相手をしてくれるというのでカードゲームで手を打つことにした。
 それぞれコ・ターツに入った面々は大いに盛り上がった。そこから幹部も、ハーピィやさっきゅんも入れ替わり立ち代わり、見張りが変わると同時に面子が変わってなんとなく続いていった。

(そういえば実家ではこの時期、なんか忙しいことが多かったな……)

 ほかほかのコ・ターツに入りながらカードゲームをしていると、どれほど楽しくてもだんだんと眠くなってくる。
 入眠の際、ふわりといい匂いがして姫は一瞬覚醒した。

「見張りの交代に――……おや、眠っちゃったんだね」
「はい、そうみたいです。見張りしなくていいかもしれませんね」
「そうだね、じゃあ姫をベッドにうつして私たちは食堂へ戻ろうか」
(……食堂に……何か隠してる?)

 目がぱっちりと覚めてしまった姫は、周りの魔物の気配が消えたタイミングを見計らい、食堂へ向かった。魔物たちはみんなそこに集まっているらしく、食堂まで誰にも出会わなかった。

(さぁ、一体何を隠して――……)

 さっきゅん、お誕生日おめでとう!
 食堂では、そう書かれた横断幕を張ろうとしている最中だった。

(戻らないと!!)

 なぜか強くそう思った姫は慌てて牢に戻ってベッドに飛び込んだ。

(さっきゅん……って、ドスケベキクラゲのサキュン……? サキュンのお誕生日パーティーに、私は呼ばれなかったのか……? いや、あれはまだ準備……。私がいたら、準備が進まないから……?)

 疎外感を一瞬感じた姫だが、すぐにがばっと起き上がった。

「いや、パーティーといえば私……。私がサキュンのために、ワンランク上のパーティー会場を作る……!」

 姫はまずローブ風のかぶりものをして、気配を消すパーティー技術で食堂へ乗り込んだ。わいわいと飾り付ける魔物たちは姫がいることに一切気付かない。相変わらずのザル警備である。

「なぁ、これどっちの色がいいと思う?」
「こっちのピンク」
「ありがとな! うーん、でもこっちの方が明るくないか?」
「……あの子はドスケベだから……」
「え、そうなの!?」
(ふふふ……、いい感じだ)

 見渡すと、食堂はパーティールームらしくなってきた。姫は満足気に頷く。しかし、招待されていないという事実に胸がチクチクと痛んだ。
 姫はもう一度横断幕を見上げる。誰が書いたのか、さっきゅんという文字が小さくてアンバランスだ。

「あれ、もっと大きい方がいいんじゃない?」
「……あ! 横断幕張り終わってねぇじゃねぇか!!」
「え、そうなの?」

 そうして、わいわい言いながら横断幕のさっきゅんという文字の前に大きな文字で『姫&』と書かれた残りの横断幕が付け足された。

「……!」

(私の誕生日……、そうか、この時期実家で忙しかったのは生誕祭やパーティーのせいだった)

「大変だー! 姫が牢にいないぞ!!」
「!!」
(ヤバい……!!)

 姫はとっさに、牢ではなくその先の最上階へ向かった。最上階、つまり、魔王執務室である。

「なっ、姫!?」
「い、いやぁ、起きたら誰もいないからぁ、遊びに来てみたの……。下には、行ってない、下ってあの、悪魔教会とか、食堂とかぁ」
「そうか、いや、好きなだけいていいぞ……」
「魔王様! 姫が牢にいません!」
「姫ならここにいる。その……我輩が見張っておくぞ」
「わ、私はずっとここにいました……」

 姫の怪しい申告をスルーして、魔物たちは戻っていった。ほっと息をついたのもつかの間、姫は重大な事実に気が付いた。

(あれって、やっぱりサプライズか……。ということは、驚くふりをしなければ……!)

 魔王に隠れて驚く演技の練習をしつつ、魔王が振ってくる他愛ない話に適当に相槌をうつ。魔王が食堂へ行こうと誘ったのは、あくましゅうどうしが呼びに来たときだった。

「わー、なんだろうー、想像もつかないー」
「……姫?」
「……」
(やばい、演技できるかな。こんなに気を遣うなんて……、なんでみんなサプライズなんか!)

 自業自得である。
 ドキドキしながら魔王とあくましゅうどうしにエスコートされて食堂へ入ると、一斉にクラッカーが鳴った。

「姫、誕生日おめでとう!!」

 口々に祝われて、祝われることはわかっていたはずなのに姫は本気で驚いていた。心のどこかで、まだ魔族と人間の壁を感じていたのかもしれない。

「あ……、ありがと、みんな」
「ひーめっ、おめでとう!」
「あ……、サキュンも……、おめでとう」
「姫っ、さっきゅんさん、パジャマパーティーメンバーとして三人お揃いの指輪ですっ」
「うがー! すごい……!」
「鳥ガール、ありがと」
「えへへぇ、……あれ? 姫? う、嬉しくなかったですか?」
「ううん、すごく嬉しい。……すごく……。ごめんねサキュン、プレゼント用意してなくて」
「いいよぉ、私も姫の誕生日って知らなかったし」

 女子がきゃっきゃとはしゃぐなか、全員が笑顔でパーティーを楽しんでいる。

(……人間の姫である私の誕生日を、こんなに祝ってくれている)

 姫はまた一つ年齢と、大切な思い出と、ドスケベという誤解を重ねたのだった。