Mymed

ロミオとジュリエット

お題箱より『DA PUMPのif…をイメージして


 その日、魔王城はシンと静まり返っていた。悪魔教会も例外ではなく、ここにいるのは私一人だ。そして、目の前には一つの棺桶。ステンドグラスから月明かりが差し込み、薄暗い教会の中でその棺桶を神々しく浮かび上がらせる。

「今日は絶対に死なないでって言ったのに」

 君が私のものにならないのを知っていて、それでも大切に想ってきたつもりだよ。
 そんな言葉が舌先に転がって、それを飲み込んだ。
 棺桶を撫でてみても、その中に入っているのはまだお墓だから今言ってしまっても彼女には聞こえないのだけれど。

「今はMPを消費したくないんだけどなぁ。でも蘇生は新鮮なうちじゃないとね」

 それに、早く牢に戻ってもらわないと。
 蘇生をしても出て来ないので蓋を開けてみると、姫はすやすやと寝ていた。棺桶の縁に肘をついてその頬を指の背で撫でると、姫は寝ぼけたまま私の手に頬を摺り寄せた。

「……可愛いなぁ」

 初めて会ったのも、蘇生のために連れて来られたときだった。角をヤスリ代わりにされてとんでもない人質だと思ったものだ。ここまで心を乱されるなんて、夢にも思わなかった。
 もしも、姫に出会わなければ。
 抑え込んでいた自分の悪魔としての嫌なところを再び見ることはなかった。気絶だって、無様な姿だって、今ほどは見せなくて済んだ。姫が来てから心を乱されてばかり。
 それなのに、避けようとすればそれを確認に来るし、悪魔の里まで逃げれば追いかけてきてくれた。そんな事実がいちいち嬉しくて。
 出会わなければなんて『もし』はあまりに意味がない。けれど数百年も生きていればそんなことを考えなくて済むかというと、そうでもないようだ。
 では違う『もし』を考えるとするならば。

「……もしも、勇者に負けたらどうしよう」

 勝てないとは思っていない。
 だけど、さすがに目の前で人間とバトルしたら、姫は良くは思わないのではないか。
 その気持ちも決めつけないでと言われるのだろう。決めるのは姫だ。わかっていても、聞けない。

「いや、それよりも問題はその後だな」

 もしも、君が連れ戻されることになったら。
 私は勇者が姫の隣に立つことに、耐えられるのだろうか。勇者でなくとも、あの、ライコウとかいう男でも。
 いつまでもこうして見ていたいけれど、時間がない。送って行く時間も、おそらくない。
 ふと思いついて部屋から手紙とMP回復薬をとってきた。手紙だけじゃ飾り気もないか、と外に咲いていた黄色い花も切ってきた。アルラウネさんに聞けばなんの花かわかるかもしれないけれど、なんの花かはよく知らない。
 分厚くなってしまった手紙と小さく束にして紙を巻いた花を入れて、窒息しないように少し蓋をずらして閉める。手紙には、静かになるまで出て来ないでね、と付箋をつけている。けど、たぶん読んでいるうちに終わると思うし、もしかしたら読んでるうちに寝ちゃうかもしれない。
 MP回復薬を飲むと、MPが全回復した。

「力を封じられるって、どのくらいかな。君の蘇生もできなくなったら……私に価値はないかな?」

 答えてほしい。でも聞きたくない。このまま時が止まればいいのに。
 ずるずると体を倒し、棺桶の縁に這わせていた腕に頭を乗せる。姫のはちみつのシャンプーの香りと黄色い花の甘い香りが混ざってふわっと香った。

「……君の中で価値がなくなるのは、怖いなぁ」

 私が怖いのは、それだけ。
 目を閉じると寝ても覚めても姫のことばかり。これが醒めない夢だというなら、なんて幸せな夢だろう。
 耳の傍で金属の剣がチャキ、と鳴って背筋が粟立つ。
 ――来たか。
 振り返って見上げてみると、勇者が私の首に剣を添えて立っていた。その剣の刃を摘まんで押しやり、膝の埃を払いながら立ち上がる。すると、勇者は私から少し距離を取った。

「姫を、手にかけたのか」
「……さぁ、どうだろうね」
「答えろ!」
「早く助けないと、ゾンビになっちゃうかもね」
「……! 貴様……!」

 勇者が剣を構える。
 バトルなんていつぶりだろう。
 姫の棺桶に気を付けないと。やっぱり無理矢理起こしてでも帰ってもらうべきだったかな。
 さっきMPを回復しておいてよかった。蘇生した分のMPがあれば勝てたというようなことになったら、目も当てられない。それに、姫も少しは気にするかもしれない。

「君も大変だね。すごいよ、何度負けても立ち向かってここまで来た」
「……? キショウ、俺、誉められてる?」

 勇者は魔導剣士に向かって首を傾げる。魔導剣士が「油断するな」と声をかける。

「何度殺されてもその分蘇生されてまた死んで来いと言われるんだろう?」
「……え?」
「なんて使い勝手のいい駒だろうね。何度死んでも戦う兵士だなんて。魔王軍では考えつかない残酷なシステムだよ」
「俺が駒だと言うのか」
「違うのかい? 姫を助けると言って、傷付くのは君たち一行だけ。さぞ大変だろう」
「あぁ! 俺たちだけで良かったと思っている! 俺は勇者だから」
「……君の事、やっぱり嫌いだな」

 それが、私と勇者の戦いの幕開けだった。
 出会わなければという『もし』も、勇者に負けるかもという『もし』も、意味はない。
 ただ一つ意味がある『もし』があるとすれば。
 もし、君が私を少しでも好いてくれるなら、だけだ。
 
***
 
 うるさくて目が覚めた時、騒音が気にならない棺桶の良さが消えていてしばらく考えた。蓋が開いていたせいだ。きっとレオ君が、窒息しないようにと考えてくれたのだろう。
 起き上がろうとしたとき、指先にかさっと乾いた何かが当たった。分厚い紙の束のような。なんだろうと見てみると、分厚さこそ見たことのないものであるものの、サイズは封筒だった。オーロラ・栖夜・リース・カイミーン様と宛名が書いてある。そして、小さな花束があった。この花のことは少し前にセクシーに教えてもらった。スイセンという香りのいい花だ。

「……手紙……」

 きっと、別れの。
 やっぱり起き上がろう、と思うものの、手紙には静かになるまで隠れていてほしいと書かれた付箋が貼られていた。
 少し静かになったのでそっと蓋をずらしてみると、床に倒れたレオ君が見えた。アなんとか君が、レオ君に向かって剣を突き立てようとした瞬間、思わず隠れるようにという指示を忘れて蓋を完全に開けて起き上がっていた。

「! レオ君、」
「姫!!」
「やった……。俺たち、ついに姫を救出できるんだな」
「お待たせしました、姫。さぁ、私の馬車で戻りましょう」
「あっ、でも」

 レオ君。
 誰か、レオ君を助けて。
 じわっと目が潤む。私を動揺させられるなんて、レオ君だけだ。レオ君が倒れちゃったら、誰が私を蘇生するの。
 なんでアなんとか君がいるのかは知らないけど、ライコウ様がいるということは、勇者パーティーらしい。
 ふと、手にスイセンの花が触れた。セクシーは確か、私が葉っぱが野菜に似てるとセクシーに言ったときに毒があるから食べないようにと教えてくれた。

「……ねぇ、今戦ったひと……」
「あっ、大丈夫です。勝ちました! 少しお待ちくださいね! もう魔力は封じたのでトドメを刺します」
「そのひとね、蘇生ができるの」

 毒。きっと、好きじゃない死に方だけど。
 はさみがないと戦えない。ここから追い返すのは無理だ。
 意を決して、花束になっている黄色いスイセンを口に含んだ。

「姫!? 何を」
「……いい? 魔王城で蘇生のスペシャリストは、そのひとだから」
「こいつを回復しろってことですか!?」

 棺桶の中で横になる。気持ち悪い。眠りに落ちていく瞬間としては最悪だ。

「私を起こすのは、そのひとしか、許さない」

 ねぇ、レオ君。蘇生だけが君の価値じゃない。でも、今はそう言わないと。手紙もまだ読んでいないし、私もお返事を書いてない。
 だけど、私を起こすのは、君だけだから。
 もしもあなたもそうならば、嬉しい。