ゴブゴブのエスコートメモ
姫は周りに誰かがいるとき、一瞬だけ自分で扉を開けない間を作る。
それに気付いたのは最近で、魔王様が姫をエスコートしていた時だ。それがあまりに自然で、魔王様ってなんだかんだ王族なんだなって再認識したものだ。
「姫がエスコートしやすい間を作ってる? どういうこと?」
「あー、わかる。ドアの前とかだろ? 俺気付くまでちょっと時間かかった。たぶん、自分で開けちゃうの咎められたことあるんじゃね?」
「有り得るよな。男のメンツ潰すなーとか言われたら、案外気を遣いそう」
「それありそうだな。俺、姫がバーンってドア開けるのけっこう好きだけどなぁ」
「元気すぎるけどな」
というのが、ちょうど昨日、はりとげマジロたちと話していたことだ。
目の前を歩く姫がぴたっと立ち止まる。でもそれは違和感のないくらい、ほんの一瞬なんだ。
(あ、ドアか)
きっとここで男のメンツを気にする奴にはそれを保たせてやれるし、気付かない奴には気付かせないんだ。その一瞬の間が、絶妙なんだよ。
少し前に見た魔王様を真似して、姫の前に回り込んでドアを引いて待つと、少し微笑んで目の前を通り過ぎる。
普段はめちゃくちゃなところもあるけど、本当にお姫様なんだなって思う。
姫は、そういう『理想のお姫様像』みたいなものを押し付けられてきたんじゃないかって思うときがある。このドアについても押し付けられたうちの一つなんじゃないか。それを思うとどんなわがままも許してしまう。半端に仲のいい俺たちの方が、人間よりそう思ってるんじゃないかとすら思う。
「ゴブゴブは貴族になれるね」
「そりゃどうも」
そんなことで良ければ、いくらだってしよう。
姫が、理想のお姫様であろうとするのなら。本当はそんなことでは誰も嫌わないって知ってほしいんだけど。
魔王様の他には、シザーマジシャンなんかもエスコートが上手かった。でも奴は作られてすぐに常識を覚えるためにマナー本を読んだと言っていてあまり参考にならなかった。淑女ためのマナー教本だったそうだ。
他に気付いてそうな魔物といえば、やっぱりあくましゅうどうし様だろうか。きっとあの人も姫が自然に振る舞いやすい、スマートなエスコートができるんじゃないだろうか。
でも気付かない奴は本当に気付かない。でも姫も特に気を悪くする風もないから、本当は俺みたいな奴は気にしなくていいのかもしれない。フランケンゾンビなんかは、俺たちと話した後も特にエスコートなんて気にしてない。さすがに自分だけ通ってドアをぶつけるような真似はしないけど。
俺が参考にできる魔物が見れるのは食堂だ。食堂のドアは両方とも押しても引いても開くタイプだ。
[魔王様の場合]
魔王様はあんまり特定の方法を決めているわけではないらしく、その時々によって違う。
ドアを押し開けて先に通って姫が通るのを待つときもあれば、押し開けて手で押さえているときもある。俺が真似したように引いて開けて待つときもある。
どういう風に使い分けているのかはよくわからないが、姫はどんな時もあんまり変わらずに微笑んで通る。
でもなんというか、どんな方法であれエスコートするっていうのが形式ばらずに体に染み込んでる感じがかっこいいと思う。さすがは魔王様だ。
[レッドシベリアン・改様の場合]
魔王様がいるときは、大抵レッドシベリアン・改様もいる。改様はいつも魔王様にしているので、たぶん魔王城で一番慣れている。
改様はいつもビシッとドアを押し開けて手で押さえている。
俺が参考にするなら、改様かもしれない。
シザーマジシャンもこのタイプだったな。
[あくましゅうどうし様の場合]
あくましゅうどうし様は姫の後ろにいたのに俺みたいに慌てて回り込むようなまねはしなかったので、もしかしたら気付かないのかなと思ったけど、違った。
後ろから姫の肩越しにドアを押し開けたんだ。すっごい近い。
修道服のあの紐みたいなのが姫の髪に当たった瞬間、姫が目を皿にしたのが見えた。俺、ついにあくましゅうどうし様が姫に抱き着いたのかと思ったよ。あの人なんだかんだ距離感バグってるなと思う。
身長もあそこまで高くないし、そもそもあんなことする度胸ないし、参考にはならなそうだった。
「姫はどの方法が通りやすいとかあるの?」
「……ないよ」
「じゃあやっぱりレッドシベリアン・改様を真似しようかな」
「レオ君の以外ならなんでもいいよ」
「あの方法嫌なの?」
「……」
姫は何も答えなかった。何考えてるかわからないんだよなぁ。
その後も度々見かけるので、あくましゅうどうし様にそれとなく言った方がいいのか、新しい悩みが増えてしまった。