Mymed

食堂からロマンス

お題箱より『食べさせ合いっこin食堂』『姫の3分クッキング


 ハーピィに連れられた姫がのろいのおんがくかのアトリエに行ったとき、のろいのおんがくかは頭を抱えていた。聞けば、パティシエに任命されて以降思ったよりも新メニュー開発の依頼が多いらしく、また新メニューを考えてほしいと頼まれているらしい。今回はそれを引き受けた後に同じ締め切りの仕事があることが発覚したということだ。

「たぶん魔王様、新エリアのBGMの作曲のこと忘れてると思うんだよね。そっち優先だからさ……。まぁ、調整はきくだろうから、これから魔王様に言おうと思って……」
「じゃあ、私やるよ。報酬はまた眠れる音楽で。もちろんオフレコでね」
「え、いや、気持ちはありがたいけどそれじゃ結局仕事量一緒じゃん。……いや、同じ領域なら2倍ってこともないか、どっちかに使えないメロディーは別のに使えるかも……」

 姫がそうだろうとばかりに頷くが、そういう計算をしたわけではないことは明白だった。それでも魔王の元へ行く時間も惜しいのろいのおんがくかにとっては渡りに船の提案であったため、ぐっと体ごと姫の方に向き直った。

「それで、姫がつくった怪鳥プリンアラモードは人気だけど、他に何が作れるの?」
「炊き込みご飯をメニュー化したいなと思って」
「え? いや、俺が頼まれたのスイーツなんだけど……」
「レオ君の味が食堂で再現可能か、試してみるね」
「いや、ヘルシーなスイーツで……聞いてくれない? スイーツじゃないなら報酬払わないよ……?」
「じゃあ、レオ君誘ってくるね。鳥ガール、仕事するからまた今度遊ぼう」
「はいー。のろくん、何か飲み物持ってきてあげる!」
「ありがと……」

 のろいのおんがくかがますます頭を抱えるのを尻目に、姫は悪魔教会へ真っ直ぐにやってきた。あくましゅうどうしはいつも通りにこやかに姫を出迎えた。

「今日はどうしたんだい?」
「あのね、食堂で炊き込みご飯を作るから間違ってたら言ってくれない?」
「え、どういうこと?」
「食堂の新メニューをね、考えるお仕事でね」
「うん?」
「食堂で食べれるなら、レオ君の冷蔵庫にあるやつを私が食べてもいいでしょ」
「どういうこと? 一から十までわからないよ?」

 かくかくしかじか、姫が説明を半分くらいしたところであくましゅうどうしは先日魔王がのろいのおんがくかに頼んでいた仕事の話だと気付いた。

(でもあれって、お菓子の新メニューの話だったはず……、ヘルシーなスイーツとか)
「それでね、スイーツって言われたけど、間食で炊き込みご飯を食べてもいいんじゃない? って思って。ヘルシーでしょ?」
「あー……うん……、うん、そうかぁ。まぁ、採用するかどうかは食堂で決めてもらうとして、提案ベースで作ってみるのはいいかもね」
(さすがに、魔王様が納期を同じにしちゃったせいもあるし後でフォローしておこう)

 あくましゅうどうしは姫の気のすむようにしてもらおうととりあえず微笑んで見せた。
 そこで、「じゃあ」と姫が持ってきたのがお揃いの割烹着だ。

「……」
「おそろいコーデ。料理も母上とやってみたかったんだ」
「……はい……」

 そんなわけで、食事する魔物がほとんどいない食堂に姫は意気揚々と乗り込んだ。ほとんどいないといってもゼロではないためあくましゅうどうしは少し憂鬱そうな顔で姫についていく。
 姫は数少ない食堂にいた魔物に、炊き込みご飯を作るから楽しみにしていてと話しかけていた。

(姫のことは孫みたいに可愛いけど、母親になりたいわけじゃないから母上って呼ばれるとなんだかすごく複雑な気分になるんだよなぁ)
「さぁ、じゃあヘルシーなおやつにもなる炊き込みご飯、頑張って作ろうね、母上」
「……うん」

 姫が少しサイズが大きい真っ白な割烹着の袖をぎゅっと上げると袖口がゴムで留められているため大きなパフスリーブのワンピースのようにも見えた。

「それじゃ、まずはご飯。ヘルシーってことなので、大麦で代用」
「え!?」

 姫がざらーっとボウルに大麦を出す。早くも炊き込みご飯が遠ざかりあくましゅうどうしは狼狽えた。

「姫っ、その、大麦じゃ味気ないんじゃ」
「じゃあ、これも足そう」
「全粒粉……!?」
「……それで、えっと、次は出汁」

 姫がどばっと入れたのは甘いシロップだ。あくましゅうどうしに間違っていたら教えてと言っていたわりに止める間もなく、あくましゅうどうしと炊き込みご飯を待つ魔物の表情はどんどん暗くなっていく。
 ボウルの中身を混ぜていくと、シロップと全粒粉がところどころダマになっていく。

「ひ、姫……、ここからどうするつもり……?」
「具を入れる。私が好きなのはこれ」
「ひぃ、ドライフルーツじゃないか……!」

 またもあくましゅうどうしが止める間もなくドライフルーツが投入され、あくましゅうどうしが小さく悲鳴を上げた。

(これは炊いたら悲惨……)

 あくましゅうどうしが頭痛を抑えるように角に隠れたこめかみを揉むと、はっと目を見開いた。

(これ、もしかしたら焼いたら……!)
「待って姫!」

 あくましゅうどうしは炊き上げのために水を入れようとする姫の肩を掴み、ついに実力行使で止めた。姫だけでなく、食堂中の魔物があくましゅうどうしの言葉を待っている。

「全粒粉は……焼くといいよ」
「そうなんだ、じゃあ焼く」
「お焦げがつくようにオイルも入れよう」
「! わかった」

 姫が目を輝かせてヘルシーとうたわれるオイルを入れ、オーブンに広げて焼き上げる。炊き込みご飯を待っていた魔物たちは空腹で味を補おうとその辺を走り出した。

「これでヘルシーな炊き込みご飯になるかな。炊いてないから焼きご飯……? あれ? ヘルシーのためにご飯使ってないから、……?」
「焼けたら味見すればいいさ」
「うん」

 明らかに炊き込みご飯ではない甘い匂いがあたりに漂う。
 その甘い匂いに姫は満足げに「いい香り」と頷いた。
 焼き上がったものをオーブンから取り出し、触れる程度に温度が下がるまで置いておく。それらを青ざめた魔物たちに少しずつ配り終え、厨房に戻ってきた姫は「私たちも味見だね」と意気込んで見せた。

「配る前に味見した方がよかったんじゃ」
「レオ君、はい、あーん」
「えっ、えっ、あ」

 スプーンで口に放り込まれ、あくましゅうどうしは羞恥で顔を紅潮させ口元を押さえた。
 それは姫には悪いリアクションに見えたらしく怪訝な顔で味見をしてみる。そして、同じく口元を押さえた。

「……グラノーラだ、これ」
「お、おいしいね」

 顔を片手で隠したままのあくましゅうどうしが目を細める。

「なんでこっそり笑ってるの!」
「そ、その、あーんとか、恥ずかし……くて」

 その返答に姫はきょとんとしたが、すぐに納得したように大きくうなずいた。

「レオ君は子どもじゃないもんね。でも、仲良しで食べさせあいっこすると美味しいんだって」
「え?」
「人間がそう言ってるのを聞いたって鳥ガールが言ってたの」
(人間の恋人同士の会話を聞いたってことかな)

 あくましゅうどうしの想像通り、ハーピィは偵察の際にカフェのテラス席で食べさせあうカップルを見た。魔界にそんなカップルがいないわけではないが、少なくともハーピィは知らなかった。
 しかし、あくましゅうどうしはそうではない。

(味なんてわからないよ……)

 顔を隠すあくましゅうどうしの行動を笑いを堪えるためだと姫は思っているようだが、彼の頬の火照りはまだ引かない。

「恥ずかしいなら、私にもあーんして。それでおあいこでいいでしょ?」
「いや、それは」
(美味しいと思わなかったら、それって、私のことは好きじゃないってことなのかな)

 姫が目を閉じて小さく口を開く。全幅の信頼を寄せられていることに、困惑しつつも嬉しさの方が勝る。
 スプーンを掴んで、グラノーラをすくって姫の口元まで持ってきたとき、はっと気づいた。

(私に食べさせたスプーンで食べてた……!)

 もう既に口をつけているので意味はないが、別のスプーンを取り出してもう一度グラノーラをすくう。震える手で姫の口元に近づけたので、少しずれて柔らかな唇がぷにっとスプーンを押し返した。

(うわーっ! スプーン越しでわかる柔らかさ……!)

 あくましゅうどうしが目を見開いたとき、姫が更に口を開けて無事口に含ませることができた。目を閉じたままもぐもぐと味わいつつ姫は腕を組み頷く。

「うん、美味しい」
「そ、そう」
「前も茶碗蒸し食べさせてもらったでしょ」
「あぁ、あの腕がくっついちゃったとき」
「うん。あの時美味しく感じたから、鳥ガールにもたぶんその話本当だよって教えたんだ」
「え」

 せっかく引いてきた頬の火照りがぶり返す。
 しかし彼にとっては先ほど考えたことの逆の話ではないらしい。

(……いや、姫はそもそも茶碗蒸し好きだし……、今の話の意味は勘違いしたらだめだ)
「ねぇ、結局炊き込みご飯にならなかったし、レオ君の部屋で炊き込みご飯食べよ。お昼寝もしたいし」
「おにぎりにして持っていってあげるよ」
「じゃあ待ってる。あ、今日は腰揉みは?」
「大丈夫だよ、全然疲れてないし。ほとんど姫が一人で作っちゃったからね」
「それじゃ戻るね」

 姫が厨房から出ると、次々に美味しかったと声をかけられて満足気な様子だった。
 姫が去ってすぐ、あくましゅうどうしはまだ赤い顔を隠すように覆ってしゃがみこんだ。

(勘違いはしないようにしないといけないけど……、お、美味しかったのかぁ……)

 姫が使ったスプーンを数秒ほどじっと見つめたあくましゅうどうしだったが、すぐに料理の後片付けを始めた。今度はお片付けもきちんと教えないとなぁ、などとぼやきながらもふふっと笑う彼を魔物たちは生暖かい目で見ていた。


腕がくっついちゃったときの話はこちら