Ever ever after
お題箱より『同人誌のその後』
同人誌のその後なので捏造要素多めです。なお、おまけは18歳未満の方にはご遠慮いただいているのでおまけの要素は含みません。
歴史に刻まれるような婚姻。その報せは世界中を一気に平和なものへと傾けた。しかし、その婚約を発表した翌日、カイミーン城はとても平和とは言えなかった。
「ぬわーっ」
着飾った栖夜姫が廊下を走り抜ける。コルセットを締められた人間とは思えないスピードで自分の部屋へと走っていくのを、何人もの侍女が追いかけている。
「姫様、どうしたのです!」
部屋の前で仁王立ちしていたのは、幼い頃から世話をしている侍女の一人だった。ぶつからないように止まろうとするものの、勢いよく前につんのめって侍女を押し倒す形となった。侍女は侍女で、姫に怪我をさせるわけにはいかないと抵抗せず下敷きになる選択をした。
「……どうしたのです。廊下を走るなどはしたないことですよ。姫様がすべきではありません」
「なっ、なんか、レオ君が魔界に帰る前に庭園でお茶、を」
「えぇ、それで先程部屋を出たばかりではありませんか」
「……み、見れない。顔が見れないの。なんか、このあたりがもぞもぞして」
姫は自分のお腹のあたりをさすりながら眉をひそめた。姫が見せた困惑の表情に、侍女の方が困惑していた。
「姫!」
「あ、レオ君……」
姫を追いかける他の侍女とほぼ同時に追いかけてきたあくましゅうどうしから、姫は少し目をそらした。そのまま、立たせてもらおうと手を差し出す。あくましゅうどうしはそんな姫に手を差し伸べて立たせながら問う。
「私、何か悪いことをしたかな。顔を見た途端に帰っちゃったから」
「大丈夫ですよ、レオナール様。そのまま庭園までエスコートしていただけますか。まだお部屋の掃除が終わっていません」
「でも、姫は嫌なんだろう?」
「嫌なわけありませんよ、ドレスも全部出して選んだくらいですから」
「き、君! そんな話は」
「へぇ、今日は一段と綺麗だと思ったよ」
「ぬ、ぬぅ」
侍女に抗議しようとしたのを阻まれて、姫はツンとそっぽを向いた。
姫はあくましゅうどうしから目をそらしたままだが、立たせてもらった際に繋いだ手を放す様子がないので逃げる姫を不安げな顔で追いかけてきた侍女たちも事態をようやく把握した。
どうやら彼女は照れているらしい。
「それじゃ、庭園まで案内してくれるかな、姫。私は今日の夜には一度魔界に戻るから」
「……もっといればいいのに」
庭園へ出ると、空は一点の曇りもない。姫は空を見上げながらふっと笑った。
あくましゅうどうしも同じように空を見上げて少し微笑む。魔界は常に夜だ。月明かりに輝く姫の姿は見慣れたものの、太陽の下だともっと輝いて見えた。
「君といて別の男の人を思い出すのもおかしいけれど、アカツキくんと最後に喋ったのもここだったよ」
「勇者アカツキ?」
「そう。苦手だったけど、話してみたらいい人だった。きっと彼も君との結婚を父上に勧めてくれたんだと思う」
「そう、それは感謝しなくては」
あくましゅうどうしは部屋にある呪いの人形を思い浮かべ、処分しようと思いながら笑った。
庭園には二人のために用意されたテーブルとパラソルがあった。テーブルの前には二人掛けになっているベンチしかなく、二人は身を寄せあって座った。
「昨日は、姫におやすみを言った後なかなか寝付けなかったよ」
「……私も」
「でも、ずっと一緒にいられるなら、慣れちゃうのかな。慣れるなんて勿体ないよね」
「なんで? 毎日あんなにドキドキしてたら疲れちゃうよ」
「ドキドキしてくれたの?」
あくましゅうどうしの質問に、姫が再びぷいっとそっぽを向く。
「レオ君が食べようとするからでしょ」
「昨日は食べようとはしてないよ」
「昨日はってことは、やっぱりオワリノシティでは食べようとしたんだ」
「うーん……、あれは……事故だね」
姫はあくましゅうどうしに寄りかかり、再び空を見上げた。
(レオ君が帰ったら、また山のような仕事がある。この時間を許されているのは、これが『和平の象徴としての仕事』だからなのかも。……まぁ、どっちでもいいけど)
少し沈黙の時間が流れただけで、それぞれ前の晩に眠れなかったこともあり目を閉じてしまっていた。彼らはそのまま姫の侍女に起こされるまで平穏を絵に描いたような昼寝をしていた。
それから、11ヶ月後。姫とあくましゅうどうしの居城となる旧魔王城で神前で誓い合うだけの簡素な結婚式が行われた。
カイミーン国は王政とはいえ独裁ではない。王はあらゆる利害による政治判断を迫られる。その中で今回王が選んだのはただ一つ、一人娘の気持ちだった。彼女がいかに王族として責任感があったか、王はきちんと知っている。だから、彼女の政治提案を受け入れ、その上で政治を利用してまでも傍におこうとする気持ちを尊重した。それが事実上の追放に繋がろうとも。
貴族からの反応は良くはなく、姫の代わりに繰り上がる王位継承権有権者の顔も見たことがない。
だが、王はただ愛を誓いあうだけで幸せそうな娘の顔を見れるだけで十分だった。未来への不安も国内の問題もないわけではないが、もう世界は平和なのだから。その礎を築いた姫は、自らが成し遂げられなかった一生分の働きをしたとして王族の責務から解放されていいのではないか。そう考えていた。
かくして旧魔王城城主の栖夜、その伴侶レオナールと肩書きを変えた夫婦は、幸せな時間を過ごすのだった。
「ったく、うるさいんだよお前は!」
悪態をつきながらレオナールが飛び起きたので、先に起きて寝癖を直していた栖夜がびっくりして彼を見つめる。お前だなんて言われたことはなかった。レオナールはおはようのキスを栖夜の額に落とし、そのまま抱きすくめてベッドに再び倒れた。鼻先にある艶やかな銀糸は、同じシャンプーを使っているのにより良い香りに感じる。
「睡魔が夢に来てたんだ。遊びに来いって言うんだけど、栖夜さんはどう?」
「睡魔君は式にも来れなかったもんね。レオ君に会いたいんだね」
「あいつにも遠慮という言葉があったみたいで訪ねて来ないから」
「いつでも来ていいのにね。寝床はいっぱいあるし」
「そう、だね」
レオナールは夢の中で言われた言葉を思い出し、曖昧に笑った。
――不用意に訪ねて旧友が勤しんでいる姿は見たくないしな。
返事に困って無理矢理起きたとき、自分の声に驚いた栖夜を見てそれすら可愛いと思った。
「それじゃ、睡魔君に会いに行こう。新婚旅行だね。まずは朝食を食べよう。侍女頭にも留守を頼まないといけないし」
栖夜がレオナールを跳ねのけ、チリンと鈴を鳴らして侍女を呼んだ。テキパキと本日のスケジュールを確認する姿に、姫としてストイックに仕事をこなしていた頃の名残がある。レオナールは部屋に戻る際に今生の別れかのように栖夜の手の甲に口付けた。
「栖夜さん、私も着替えてくるね。どこへ行くかは、朝食の時に話そうか」
「うん。今日はさくら色のドレスにする」
「それじゃあ、私のストールもさくら色にしよう」
レオナールが寝室から出ると、侍女頭はふうっと息を吐いた。それに対し、栖夜は少し不安そうに侍女頭を見上げた。
「……君はまだ魔物が怖い?」
「違いますよ。あまりに仲睦まじいのであてられてるんです。さ、お顔を洗って着替えましょう」
実際のところ、婚約が発表されたときは少なからず和平の象徴として姫が売られたのだと考える者が城内に多くいた。しかし、蓋を開けてみれば毎日毎日飽きもせず二人で笑いあっているか見つめ合っている。仲の良さに辟易することはあっても、あくましゅうどうしという魔物が怖いとは思ったことがなかった。
姫は着替えさせられながら侍女頭に話しかける。
「新婚旅行へ行こうという話になってね。留守を任せたい。この1週間様子を見たけど、やっぱり公務は回って来ないね。少しくらいはさばききれずに回ってくるんじゃないかとも思ったんだけど」
「そうですわね」
「こちらに支給される旧魔王城の維持費は微々たるものだから、やっぱり新規事業で外貨獲得が急務だよねっていうのもレオ君と話していたんだけど、旅行の後になるかも」
「そんな真面目な話もされていたのですね」
それは思わず口から飛び出ていたといっても過言ではない素直な感想だった。隙あらば見つめ合いながらそんな真面目な話もしていたのかと驚きを隠せなかった。
「何をするかも決まってないんだけど、軌道に乗るまでは手伝ってもらうかも」
「承知いたしました」
さくら色のドレスを纏った栖夜が現れると、レオナールは一瞬見とれた。結婚前は慣れるのだろうと言ったものの、毎日のように見とれてしまう。少し椅子を引くと、栖夜は優雅に座った。
朝食を食べながら話した新婚旅行は、全ての日程を考えると数年にも及び、当然ながら再考を余儀なくされた。
旅行の行き先と日程決めには数日の時間を要し、ようやく行き先をジゴ=クサツに決めたと思ったら月の障りがあり栖夜は数日動くことができなかった。痛みよりもそれがきたこと自体に少しの落胆があり、そこで初めて彼女は(私は子どもが欲しいのか)と気付いた。そんな栖夜の動揺をどのくらい感じ取ったのかは定かではないが、レオナールはベッドで横になる栖夜の傍を離れようとはしなかった。
旅行へ旅立つ頃には栖夜もすっかり元気を取り戻し、ジゴ=クサツに行く前に立ち寄る予定で魔王に渡すおはぎ作りを手伝うこともあった。睡魔には首に巻くタイプの枕をあげようと作り、ハデスにも鎌にカバーを作っていた。
「それじゃ、留守を頼むね」
「はい、行ってらっしゃいませ、栖夜様、レオナール様」
侍女たちに見送られ、二人はまずは魔王城へ向けて旅立った。しっかりした造りの空を駆ける馬車に荷物を詰め込む。移動時間が長くなるが、それも楽しいと決めたことだ。
「二人旅って懐かしいね」
「そうだね。レオ君はこんなに近くなかったけど」
「今もドキドキしてるよ」
「慣れないの?」
「君は毎日美しくてびっくりしてしまうよ」
「やだ。恥ずかしい。……それなら、ずっと二人でも大丈夫かもね」
栖夜の声が沈んだのを、レオナールは聞き逃さなかった。栖夜の肩を抱いて優しく声をかける。
「……悲しかったんだね、栖夜さん。悲しいときは我慢しないで」
「……うん。悲しかった」
栖夜はレオナールに縋って少しだけ泣いた。そうすることでやっと、心につかえていたものが出ていった。
魔王城に着いたときには、栖夜はぐっすりと眠っていた。
「栖夜さん、着いたよ」
「うーん」
起こされた栖夜がまだ寝るとばかりにレオナールに抱き着いたのを、出迎えた魔王やハデスの方が赤面して目を逸らした。栖夜もすぐに起きたが、恥ずかしそうにはにかんで「久しぶり」と言った。
「……まぁなんだ、仲良くやっているようで、よかったな」
「うん。あ、睡魔君は?」
「こっちだ」
「栖夜さん、私はタソガレ様と話を」
「うん、また後で」
ハデスは栖夜を案内しながら、ふっと笑った。
「片時も離れないのかと思ったが、そうでもないんだな」
「ここは安全だからね。あ、睡魔君!」
「お前さん。元気そうだな」
「二人に枕と、鎌のカバーを持ってきたんだよ。すごくお世話になったから」
「へぇ、首につける枕か。これはいい」
睡魔がさっそく首に枕を巻いて寝転ぶ。すぐさまうとうとしているのは、さすが睡魔というべきか。
「三人でおしゃべりしたよね。懐かしいなぁ」
「あぁ、あくましゅうどうしがおかしくなった時か」
「夫婦喧嘩したらお邪魔するね。ハデス君、また戦い方を教えてね」
はさみは飾ってるよ、と栖夜が胸を張る。
「どんな血みどろの夫婦喧嘩をするつもりなんだ」
夫婦喧嘩という剣呑な言葉に睡魔がぱちっと目を覚ます。ハデスと栖夜がそんな睡魔を見ていると、睡魔は「そういえば」とのんびり話しかけてきた。
「お前さん、次の行き先はどこなんだ?」
「ジゴ=クサツだよ」
「いい場所だ。着いたらちょっと寝てくれ。夢を通っていくから」
「やめとけ。旅行から戻ったら暇だろう、何をして過ごすんだ?」
栖夜が「あのね」と口を開いたとき、ちょうどハデスの後ろには見たことのある魔物がいた。栖夜が「あ」と声を漏らすと、相手も気付いてやってきた。
「あれ、悪魔のお嬢ちゃんじゃないか。魔王軍に就職か?」
「何言ってんだ。人質だった姫じゃねぇか」
「……マジ?」
「君たち、無事だったんだ。よかった」
「知り合いか?」
「うん」
人間と魔物の戦争の前線近くにある村で出会ったフランケンゾンビ、ミノタウロス、やしき手下ゴブリン、はりとげマジロという四体の魔物だ。名前も知らない彼らが前線へ赴くというので無事を祈ったのは、強く覚えていた。
「あの村で君たちに会ったから魔物は怖くないんだって知ることができた。そういう意味では、君たちは世界平和に貢献したんだね」
「え、そうなの? なんかもらえる?」
「お前本当に怖いもの知らずだな……」
「旧魔王城にいつでも遊びにおいで」
栖夜は満足気に笑う。そしてハデスに宣言する。
「さっきの話だけどね、ハデス君。あの場所を、人間も魔物も関係なく仲良くできる場所にしたいと思ってる。私はずっとみんなを平等に愛してるから」
「全く、相変わらず神族みたいなことを」
ハデスは呆れたような顔をしながらも「悪くない」と評価した。
栖夜とレオナールが魔王城に滞在したのは時間にしてわずか数時間だった。笑顔で再び旅立つ夫婦を、たくさんの魔物が祝福し見送る。魔王はそんな様子を感慨深げに見守っていた。
二人が数年もしないうちに子どもを連れて再び魔王城を訪れるのは、また別の話。
幸せな結婚式は本編で頼むと思ってこんな感じの身内にしか祝福されない式みたいな感じになった。本編楽しみですね。(幻覚)