ホワイトデー
お題箱より『ホワイトデーにマシュマロ』
あくましゅうどうしは今年のホワイトデーもチョコ饅頭を用意していた。一度はどうせ疑われるならアクセサリーでもいいのではないかという考えが頭をよぎったものの、確実に美味しいと言われることを選んだ。
(女性の好みは難しいからなぁ)
ホットチョコを作りながらいつものようにやってくるであろう姫を待つ。やってきたら、最高のもてなしをするつもりだった。
なんだかんだと追い出しつつも、姫がやってくるのが当然のようになってしまっていることに彼自身まだ気付いていなかった。気付いたときには思い上がりにもほどがあると頭を壁にでも打ち付けることだろうが、まだ気付いてはいない。
なので、そわそわしながらいつの頃からか塞ぐのを諦めた姫が開けた穴から姫が現れるのを待っていた。
しかしこの日、姫は現れなかった。
というわけであくましゅうどうしの『どうせ今日も来る』という傲慢な考えは叩き潰され、彼はなめくじのようにソファーにうつ伏せになっていた。もちろん姫が来なかったことに対して落ち込んでいるのではなく、いつからか姫が来るのが当然と思っていたことに対して自己嫌悪に苛まれている。
一方、姫はと言うと、ベッドにうつ伏せになっていた。
(レオ君は当然来てくれるだろうだなんて、私はいつからそんな傲慢な人間に……)
彼女もバレンタインにチョコをくれた魔物たちにお返しをした後に、ホットチョコを作って部屋であくましゅうどうしを待っていた。
翌日、姫は朝早くにあくましゅうどうしの部屋を訪ねた。あくましゅうどうしもどうぞ、とすんなり部屋に入れたものの、お互いに謎の罪悪感を抱えてギクシャクしていた。
「えっと……、今日、訪ねようと思ってたんだ。一日遅れちゃったけど、これ、バレンタインのお返し。毎年ありがとうね、姫」
「ありがとう」
あくましゅうどうしは、チョコ饅頭にしてよかったと心から思っていた。
(下手に残る物なんか選んだら気持ち悪いと思われたかもしれない)
「それで、何か用だった? こっちの扉から来るなんて」
それはあくましゅうどうしにとっては他愛もない問いかけだったのだが、姫には妙に冷たく聞こえた。
「あのね、今年はレオ君もくれたよね、だから私もお返しを用意したんだ。私も一日遅れちゃったけど……。箱が潰れちゃうといけないからこっちのドアを使ったの」
「あ、あり――……」
(マシュマロ……。ホワイトデーにマシュマロを贈る意味は……嫌い、だっけ)
「……ありがとう」
(これはつまり、そういうことか)
あくましゅうどうしは精一杯のポーカーフェイスで感謝の言葉を絞り出し、手の中の箱を見つめた。チョコがけのマシュマロであるらしいそれは、チョコレートが滑らかに天井の明かりを反射していた。
姫はといえば、どや顔にも近い表情で彼を見ていた。
「みんなにはお饅頭だから、内緒ね」
「みんなには手作りなの」
ぽろっと口をついて出た言葉は、あくましゅうどうしが自分で思っていたよりも嫉妬をはらんでいた。
「……え? うん」
あくましゅうどうしがぎゅっと唇を噛んだ理由は、姫にはわからない。しかし姫がそうした理由もまた、あくましゅうどうしにはわからない。
「レオ君にはお世話になってるから特別にマシュマロを用意したんだよ」
(特別に用意するほど嫌われているのか)
あくましゅうどうしのテンションが地の底に落ちた時、姫はソファーに座ってチョコ饅頭を半分に分けた。
「せっかくだし一緒に食べよう」
「どうして……?」
「え、あ、ごめん。えっと、邪魔……?」
普段からいくら帰ってと言われても、姫がそんな風に尋ねたことはなかった。
「邪魔とかじゃなくて。……、いいよ、食べよう。ホットチョコの材料もまだあるし」
「え、レオ君もホットチョコ好きなの? 私もね、昨日ホットチョコ作ってレオ君が来てくれるのを待ってたの」
「待っ……てた?」
「うん。ごめんね、レオ君が来てくれるのが当たり前だと思って」
「!! 私こそ! 私も、姫が来てくれるのが当たり前だなんて勘違いして……。だから、私もホットチョコを作って待ってた……」
姫は一つ誤解が解けたことに、ほっと息を吐いた。
「なぁんだ、同じことしてたんだぁ」
「そうだね」
あくましゅうどうしは一つの誤解が解けたとしてもマシュマロを贈られた事実に打ちひしがれていた。
(ストーカー行為が認知されている上に嫌われているということでは)
どこまでも卑屈に受け取るあくましゅうどうしをよそに、姫は既にいつも通りにくつろいでいる。むしろ、気にかかっていたことが解明できて寝ようとすらしている。
「……この……、マシュマロの意味を嚙みしめるよ……」
「これはすごく柔らかいから、噛むより柔らかさも味わって。レオ君にも大好きなおうさまチョコマシュマロを食べてほしかったから、わざわざ取り寄せたんだよ」
おうさまチョコマシュマロ。
あくましゅうどうしも商品名は聞いたことがあるが、目の前のそれとは結び付かなかった王族御用達の高級なマシュマロである。
「えっ、じゃあ、意味は」
「意味?」
(知らずにこれをくれたってこと?)
「ホワイトデーにマシュマロを贈るのは嫌いっていう意味があって」
「そうなんだ。そんな意味があるなんて考えたこともなかった」
「知らずに……、そう、なんだ」
ということは、このお返しに残る意味は『特別』だけである。
(欲が、出てきてしまう)
あくましゅうどうしは頬を染めながら、『そういう意味でない』という理由を探す。勘違いしてはいけない、と常々自分に言い聞かせている。実際に『そうではない』となれば落ち込むのだが、それでも『そうではない』理由を探す。
「でもみんなには手作りなんだよね」
「うん。レオ君だって素人の手作りよりプロの職人が作ったものの方がいいでしょ?」
クールな意見である。
あくましゅうどうしは思わずぷっと噴き出していた。
「君は自分の価値がわかってないんだね。姫の手作りも同じくらい価値があるよ。買いたくても買えるものじゃないし」
「え、いくらでも作るよ。それならまた商売をしようかな。今ならモフ犬も許してくれるかも」
あくましゅうどうしは笑いながらおうさまチョコマシュマロを一つ摘まみ上げ、お饅頭の量産体制を考え始めた姫の口に入れた。姫は驚いてむぐっと声を漏らしたものの、すぐににこにこと笑った。
「やっぱりおいひい」
「ありがとうね、姫。すごく素敵なプレゼントだ」
「やっぱりホットチョコが合うと思うなぁ」
「あ、そうだったね。作るよ」
姫はあくましゅうどうしがホットチョコを作る後ろ姿を眺めた後、ふっと笑って満足気に目を閉じたのだった。