Mymed

命に重さがあるならば

お題箱より『ガチギレするASさん


 レオ君は私の両肩を掴んで、初めて見るような怖い顔で私を睨み付けている。誘拐されてすぐにこの顔を見ることがあったなら、私は魔族への認識を改めるのに相当な時間がかかっていたかもしれない。
 レオ君は魔族で、こうして掴まれてしまえば振り払うこともできない男性で、そして、怒ることもあるのだと、今更ながらに思い知る。
 少し怖いとさえ、思った。
「いのちだいじにって言ってるだろ!!」
 何度もされた注意だが、怒鳴られたのは初めてだった。
「ごめん、なさい」
「いくら蘇生できるからって、死んでいいわけじゃないんだよ!!」
 私の肩を掴む手が震えている。
 何度死んだかわからない。彼がいるから、不安に思ったこともない。
 レオ君は顔を歪ませ、俯いた。
「死なないで……」
 レオ君の目の前で死にかけたのは初めてではないのに。
 私にとっては突然怒られたような気分だ。彼がなぜここまで怒ったのか、本当はよくわからない。
 わからないのに、私は、私の肩を掴むレオ君の手に自分の手をのせ、謝罪の言葉を口にした。
「ごめんね、レオ君」
 
*
 
「レオ君……!」
 思わず駆け寄ってしまった。絶対に近付いたらダメって言われていたのに。また怒られるかもしれない。
 本当に怒ったレオ君は、けっこう怖いと知っている。
 それでも、体が動いていた。
「姫!?」
 レオ君の肩をぎゅっと抱いて目を閉じる。ブン、と空を切る重い音がして、私の髪がバサバサと床に落ちた。あと数センチズレていたら、落ちていたのは髪では済まなかったかもしれない。
「レオ君、大丈夫?」
「姫……」
 レオ君が顎先までの短さになってしまった髪に触れ、「来たらだめだと言ったじゃないか」と泣きそうな顔をした。心配しているのはこちらなのにそんな顔をされては、もう何も言えなくなってしまう。みぞおちのあたりが、ズンと重い。
「姫! 助けに来ました!」
 振り向くと、アなんとか君がこちらに手を伸ばしてくる。
「な、なんで君がここに」
 レオ君は私の首筋に手を当てて何か魔術をかけた。その手にはべったりと血がついていて、首も少し切れていたらしいことに気付く。
 また怒られる、とぎゅっと目を閉じると、レオ君がふっと笑う気配がした。そして、「怪我で済んでよかった」とぽつりと呟く。
「姫、絶対に祭壇より前に来たらだめだよ。隠れていて」
「私も、戦えるよ」
「話し合ったでしょ。だめだって」
「でも私、まだ帰る気は……」
「祭壇の向こうに隠れていて、今度こそ約束だよ」
「……うん」
 それ以上何も言えずに祭壇の裏に身を潜めて覗くと、レオ君は私の血がついた手のひらをぎゅっと握りしめたまま立ち上がった。
「やはりこの魔物を倒さないとだめか」
「倒す?」
 レオ君は、怒っているのに笑った。
 絶対に怒っている。だって、あの時、私に怒鳴った時の顔をしていた。
「あの子を傷付けて五体満足でいられると思わないことだ」
「あとはとどめを刺すだけだったはず。もう魔力もほとんどないはずだ」
「いいや、私の戦い方はこれだけではないよ」
 そうだ、私が飛び出したのはアなんとか君がとどめを刺そうとした瞬間だった。魔導書を取り出すと、魔導書はアなんとか君を見て目を輝かせた。
「勇者にバフをかけるんですね!?」
「レオ君の魔力を回復させて」
「え? 勇者を、助けるのではないのです?」
 レオ君は、アなんとか君に詰め寄って格闘家のように拳を振るっている。もう本当に魔力がないんだ。アなんとか君は何故か剣を捨てて応戦し始めた。
「私の仲良しは! レオ君でしょ!」
「え、でも、勇者で、婚約者……」
「もちろんアなんとか君にも死んでもらおうとは思ってない。彼がレオ君を倒すのも、レオ君が誰かを倒すのもだめなの!」
「な、なんで、です?」
「なんでって、仲良しの相手が傷付くのが嫌なのが、どうしておかしいの!」
 二人とももうボロボロだ。時間がない。「早く!」と急かすも、魔導書はただただ困惑の表情を見せるばかりだ。
「でも今姫が助けようとしているのは、姫をさらった魔族の幹部ですよ?」
「違う。私の仲良しの、レオ君だよ」
「でも」
「でもじゃない! 今すぐに全員を回復させて! その後で、私が勝つ!」
「え、どういう」
「早くして」
 魔導書が全員の魔力を回復させると、ちょうどレオ君が渾身の一発がアなんとか君の顔面を捉えたところだった。アなんとか君が壁まで吹っ飛んだ。
 レオ君が怒ると本当に怖いのだ。
 私はその場で氷の魔術を使った。悪魔教会が凍り付き、誰も身動きがとれなくなった。
「この戦いは! 私の勝ち!」
「ひ、姫?」
「私は、知り合いが傷付くのは嫌。仲良しが傷付くのはもっと嫌! あと、私はまだ帰らない。君は帰って!」
「か、帰らないって」
「帰るかどうかは、私が決める」
 アなんとか君は首を傾げたが、少し間をおいて「わかりました」と言った。彼の仲間が咎めているが、決定権はアなんとか君にあるようで最後には折れていた。
「姫、帰らないの?」
「レオ君、なんで私が帰ると思ったの? まだお手紙、もらってないよ?」
「……うん、まだ……書き上げてない……」
 レオ君が腫れぼったい顔でふわりと笑った。
「よかった、もう怒ってないね」
「……君を怪我させたのは許してないけど……、ボブも似合うんだね、姫」
「後であんら~さんに揃えてもらうよ。それより、さっき魔導書に魔力を回復してもらったから、全員を回復してくれる?」
「……婚約者だもんね」
「うん。言ったでしょ。知り合いが傷付くのは嫌って」
 最初に怒ったレオ君の気持ちが、今ならわかる。
 私は私やおばけふろしきの死には慣れているけれど、仲良しの相手の死は、絶対に見たくないのだ。


やっぱガチギレは姫のためだと思う~。