のろいの生徒会副会長の夢
唐突だが、回想に入る。
王立魔族学園に入るのは苦労した。なので、恋愛なんてしている暇はない、と入学して数ヶ月は思っていた。夜に誰かの部屋に集まると自然と始まる恋バナも、あんまり当事者意識はなかった。
「ねぇどうなの? 好きな子いる?」
「えっ、いないよ」
「気になる相手もいないの?」
「あ、あのひと。生徒会の副会長とか、かっこいいなって思うよ」
あのとき、なんで副会長だって答えたんだっけ。
鳥獣族特有の華やかな飾り羽が特徴の先輩。間近で見てもやっぱりかっこいいと思う。だけど私は別に、彼に恋をしているわけではなかった。
彼のことはそんなに詳しくはない。生徒会副会長を務めているせいかみんな副会長と呼ぶので、本名はあまり知られていない。その副会長が、私に優しく手を差し伸べてくれている。あ、でも、優しいと言っていいのかわからない。なぜなら、そもそも尻もちをついた私の前に先輩が立っていて手を差し伸べるこのシチュエーションは、お互いの不注意によって引き起こされたものだからだ。
まぁ、端的に言うと、私は副会長と出合い頭に正面衝突した。
走馬灯というほどではないが、数日前のことを思い返していたら、副会長はその眉根にしわを寄せた。
「……? 立てない?」
「あ、いえ。……ありがとうございます、先輩」
差し伸べられた手を取ると立ち上がらせてくれた。その指は細く、鉤爪のようになっていて少し鋭い。しかし、それは優しかった。こちらは本当に優しくないとこうは思わないと思う。
副会長は、ぶつかった際に散らばった化粧ポーチをチラッと見た。私はかっこいいと思うのだが、友達はこの視線が怖いという。きちんと閉まっていなかったポーチからはお気に入りの色付きのリップが零れ落ちていた。副会長はそれをつまみ上げて、それを見ながら私の目の前でプラプラと振った。
「可愛いね。でも学校で化粧はだめだよ」
「……!?」
耳を疑ったが、副会長は化粧への注意の返事を待っている。ぶんぶんと頭を縦に振ると、副会長はリップを私の手に戻した後、「じゃあね」と言って生徒会室の方へ歩いて行った。
思わず、その背中が見えなくなってからぷはっと息を吐く。叫びだしそうになるのを抑えようと息もろとも口を押えていた。私が息を吐いたのと同時に、周りにいた友人たちも一斉に喋りだした。
「すごーい! 『可愛いね』だって。聞いた!?」
「やばいね!!」
「あれってナンパ!?」
「堂々としすぎじゃない?」
みんな口々に私が副会長にナンパされたと言った。そんな風に自惚れていいのだろうか。でも私は違うと思う。だって、ナンパならもっと名前を聞いたり、連絡先を聞いたりするはずだもの。
そんな風に、自分に勘違いしてはいけないと言い聞かせつつも、私はそれから頻繁に副会長のことを考えていた。もしかしたら副会長は誰にでも言うのかもしれない。でも、私は可愛いなんて言われたこと、なかった。気になるには十分すぎる衝撃だったのだ。
あれから、毎日彼を見かける。ストーカーではない……と思う。ただ、いつでも、どこにいても、副会長のことをすぐに見つけられるのだ。本日は、学園で許可されている公式のバイトの一つ、学生カフェのピアノを弾いている。聞いたことのない曲だった。
私はそこで、魔王城に就職するという噂のあった彼が内部進学すると聞いた。
「勝手に言いふらさないでくれる」
「教えたくても教えられないんだろー」
副会長の友人らしき魔獣族の先輩は、私の方をちらっと見た。
まさか、私に?
(いやいや、まさか)
「だってあの子、今日も来てるぜ」
あぁ、やっぱり私のことだ、と思った。恥ずかしくて、慌ててお会計してちょうど同じタイミングで出ていく女子グループについてカフェを出る。
私、副会長に認識されてるんだ。
それはたった一言だけ言葉を交わしたことをお守りみたいに覚えている私の恋をじわじわと焦がしていく。
そうして、すとんと胸に落ちてきた考えがあった。
だって私は、初対面で可愛いって言われたじゃない。
「ねぇ、聞いて。副会長が」
「かっこいいって話? 聞き飽きた」
「つれないなぁ」
「よく何年も同じ話できるね」
私は、なんとなくその場に立ち尽くしていた。今まで楽しそうに聞いてくれていたのに。
「何か進展があればいいね」
気の毒そうに言われて、なんとなく、伸ばしていた手をおろした。じゃあ、別に報告しなくていいか。教えてあげないんだから。そう、思った。
それから私は、あんまり恋バナに参加しなくなった。
でもその次の日も、そのまた次の日も、彼は相変わらずかっこよかった。
鋭い視線はいつ見てもゾクゾクするし、本日の楽器はバイオリンだったけど繊細な指使いにはうっとりした。飾り羽が風に揺れる姿はすごく絵になる。
よく会うし、それだけでなくよく目が合う。
告白はいつでもいいんじゃないかと思う。
いつでもいいと思うけれど、彼の卒業が一つの区切りだと思った。
春。
卒業式。
私はこの日、ついに彼に気持ちを伝える決心をした。
どうせバレていると思うと気が楽だったが、それでも緊張はする。
はれの日の副会長――もう副会長ではないんだけど、相変わらずそう呼んでしまう。とにかく彼は、一際輝いていた。
「せ、先輩」
「? 何?」
あぁ、今日もかっこいい。
「あの、お、お久しぶり、です。その」
だめだ。ドキドキする。口がカラカラに渇くし、顔も赤いと思うし、たぶん目も泳いでいるし、それに――。挙げるとキリがない。
でも好きって言うだけ。
きっと、きっと知ってたよって言われるだけ。
だってそうでしょう。毎日あなたを見てきた。可愛いって言ってくれた。毎日、毎日、それを思い出していた。
ようやく口を開こうとしたとき、背筋が凍り付いた。なんで。なんで、そんな、困り切った顔を。
「え? 久しぶり? えっと、ごめん。……キミ、誰だっけ?」