相手の好きなところを20個叫ばないと出られない部屋
あくましゅうどうしは、その扉の前で仁王立ちしていた。いつもの優し気な青年風の佇まいはどこへやら、拳を握りしめあたりを見渡す。
白く見たこともない材質の扉には、何度か魔術を打ち込んだ跡がある。少し黒ずんだものの、扉の破壊には至らなかった。
その扉の横には、自動的に文字が現れるパネルが設置されていた。こちらも、角が少し黒ずんでいる。
「睡魔! お前の仕業だろ!」
その声の大きさに反応して、扉の横にあるパネルの数値がピコピコと反応した。
『ボリューム、クリア。テーマ《相手の好きなところ》ではないようです』
「……はぁ、なんなんだ、本当に」
『キーワード、《なんなんだ》により、チュートリアルが起動します。……。こんにちは、《あくましゅうどうし》さん。この部屋は、《相手の好きなところを20個叫ぶ》部屋です」
特定のキーワードだけ棒読みになるアナウンスがパネルから流れ始める。
『《相手の好きなところを20個叫ぶ》という条件でのみ、この扉は開きます。制限時間は《80分》となっています。《80分》を超えますと、天井が下がってくる仕組みとなっています。また、《叫ぶ》についての基準は《70デシベル》に設定されています。声の大きさはパネルに表示されます。制限時間は、残り《76分》です』
あくましゅうどうしにとって二度目のチュートリアルは、残り時間が変わっているほかに変わりはなかった。目が覚めると、この何もかも白い部屋にいた。一度目のチュートリアルを聞いた後に扉の破壊を試みたが失敗したのだった。
(どうせ睡魔のイタズラ……、だけどこのカラクリ、もしかしてm.o.t.h.e.r.くんも協力してるのかな……? となると、圧死の危機は意外とただの脅しじゃないかも)
あくましゅうどうしは少し考えたあと、パネルの前に立った。
「好きなところ20個だけでいいなんて簡単すぎるよ。声のボリュームも無理な数値じゃないし、さっさと出るに限るね……。優しいところ! DIYしちゃうところ!」
『残り《18個》です』
「強いところ! 素直なところ! 実家に帰ったとき迎えにきてくれるところ! 腰のことを考えてくれるところ!」
『残り《14個》です』
声のボリュームもクリアしているらしく、一気にカウントが減っていく。あくましゅうどうしは改めて楽に出られることに鼻で笑った。
「よし、睡魔が何をしたいのかわからないけど、すぐに出れそ――」
ぐっと小さくガッツポーズをしたあくましゅうどうしの視界の端に、美しい銀髪の丸い頭がひょっこりと現れた。
口を開いたまま固まるあくましゅうどうしを前に、姫は彼を見上げてにこっと笑った。
「何を叫んでたの?」
「あ、えと」
「タソガレ君のいいところいっぱい言うの?」
「ちが」
(この機械は最初から《相手》って言ってた……。私は睡魔のイタズラだと思って姫の好きなところを言ってたけど……、相手、そうか、姫もいたんだ)
あくましゅうどうしは、これまでの勢いをすっかりそがれて姫に向き直った。
「いつからいたの、姫」
「え? レオ君が起きる前からだよ。出口どこかなって探してたの」
「へ、へー……」
「で、レオ君は何を叫んでたの?」
(逃がしてくれない!)
姫はチュートリアルを聞いていないようだった。
あくましゅうどうしが困ってあたりを見渡すと、ふと気付く。
「姫がいるってことは、ここは夢の中じゃない……?」
「つねろうか?」
「……一応お願いしていい?」
あくましゅうどうしが身をかがめると姫がその頬を躊躇いなくつねった。
「痛っ!!」
『残り《13個》です』
「なんで!?」
『残り時間《70分》です』
「なんの時間?」
姫が首をかしげる。
「……えっと、状況を整理しようか」
「うん。あのね、食べ物も飲み物もいっぱいあったよ。なんかマッサージグッズもいっぱいあったよ。腰揉む?」
「いや、今はいいよ」
姫はベッドに、あくましゅうどうしはソファーにそれぞれ座った。姫が言うには部屋は奥にも一部屋あり、そちらは様々な備品が入っていたという。
「でびあくまがいないのは寂しいけど、飽きるまでのんびり住んでもいいかな」
「えっと、そういうわけにもいかなくて。制限時間内にパスワードを叫ばないと天井が落ちてくるって……」
「圧死か……。レオ君が死ぬのは困るな。それで、そのパスワードがタソガレ君のいいところってことか」
姫は勝手に納得して頷いた。
(なんで魔王様のことだと思ったんだろう)
「てことは、これはレオ君にかまってほしいタソガレ君のイタズラだね。じゃあ、もう部屋を出て直接言おう?」
姫がどこからか持ってきた大きなはさみを構え、予備動作もなく壁に突き立てる。壁は大きくはさみを弾いた。
「壊れないね」
「豪快すぎるよ!!」
『残り《12個》です』
「なんでもいいんだ? じゃあ、さっさと言って出る? そうだな、お友達思いの、むぐっ」
あくましゅうどうしが姫の口を手でふさいだ。はたと気付いた時にはもう遅く、目を泳がせながら姫の口を覆った手をそっと離すと姫はじっとあくましゅうどうしを見た。
「……」
「……」
(あー! 私ったらこんなところで嫉妬心丸出しで!!)
「……そう。レオ君が自分で言いたいんだね」
「うん。……」
「言わないの?」
『残り時間、《60分》です』
「……あのー……、恥ずかしいなって」
「言ってる場合なの?」
姫に正論を返されたあくましゅうどうしは「そうだね」と言ってがくりと肩を落とした。
「……責任感が強いところ」
『ボリュームが足りません』
「責任感が強いところ!」
『残り《11個》です』
「お……、親御さんを大事にしているところ」
『残り《10個》です』
(このまま続ければ姫のことだとバレてしまう――……)
真っ赤な顔のあくましゅうどうしは、まだ腹をくくっていなかった。
「レオ君、みて、おうさまチョコマシュマロがあったの!!」
「食べようか。飲み物を入れるよ」
「うん!!」
タイムリミットがあるとは思えない優雅なティータイムを過ごす。あくましゅうどうしはこのとき、まだ心のどこかで時間経過でもドアが開くのではないかと思っていた。姫がベッドで寝始めたのを眺めた後、異変に気付いたのは、残り時間が3分になったときだった。
「あれ……天井が低くなってる」
『残り《2分》です』
姫をベッドからおろし、天井から遠ざけ、その頭を庇うように抱きかかえる。天井は、先ほどよりも降りてくるスピードが上がったように感じた。
「えーっと、笑顔が可愛いところ、寝顔も可愛いところ、それから――……、えっと、……出てこない」
『残り《8個》です』
「おしゃれなところ。それから、舌足らずなところ! 名前で呼んでくれるところ。私の手紙を待つと言ってくれたこと」
『残り《4個》です』
「焦ると出てこないな。全部好きなのに。姫のこと」
あくましゅうどうしが乾いた笑いをこぼす間にも一部の家具が天井に押さえつけられてミシミシと音を立てる。あくましゅうどうしは姫の頭を庇うように、ぎゅっと抱きしめた。
「う、生まれてきてくれたこと!!」
『残り《3個》です』
「優しいところ、炊き込みご飯を作るのが上手なところ、私のことを守ろうとしてくれるところ」
『おめでとうございます。《相手の好きなところを20個叫ぶ》部屋の扉が開きます』
天井が上がっていく。
あくましゅうどうしは茫然としたまま、姫の頭を庇ったままだった。
「恥ずかしがってるからおかしいと思った。お互いのいいところを言うんだね」
(好きな、ところ……)
「レオ君のいいところ、私はいっぱい言えるのに。照れ屋さんなんだから。まぁ、とにかく生き残ったね」
姫はあくましゅうどうしの腕の中から動こうとしなかった。普段ならすぐに引き離すであろうあくましゅうどうしも特に何もしなかった。
「ちょっとだけ、怖かったね」
「……うん」
「好きって言ってくれて、嬉しかった」
「ご、ごめんね」
「なんで謝るの?」
「好きになって……」
「ふふ、レオ君の発言の中で一番だめ」
姫があくましゅうどうしの胸に頭を預けたとき、開いた扉の奥でアナウンスが鳴った。
『おめでとうございます。《1分以上抱きしめあう》部屋の扉が開きます』
ツイッターのアンケート結果「いちゃつくあくスヤ」
+
○○しないと出られない部屋メーカーより「あくスヤは『相手の好きなところを20個叫ばないと出られない部屋』に入ってしまいました。80分以内に実行してください。」