Mymed

えっちしないと出られない部屋

「出られるんじゃなかったの」

 あくましゅうどうしが誰にともなく言った言葉は白い部屋に吸い込まれた。好きなところを20個叫ぶ部屋が繋がっている部屋も扉が開いていた。それはアナウンスがあった通りだ。扉や壁だけでなく家具も白い部屋は、これで3部屋目だった。どの部屋も大きなベッドがやソファーが同じように配置されていて、窓はない。

「……本当になんなんだ」
「キーワード、《なんなんだ》により、チュートリアルが起動します」

 あくましゅうどうしは特に意図したわけではなかったが、さきほどと同じようにチュートリアルが起動した。アナウンスも同じく特定の言葉だけ棒読みになる。

『こんにちは、《あくましゅうどうし》さんと《オーロラ・栖夜・リース・カイミーン》さん。この部屋は、《性行為をする》部屋です。《性行為をする》という条件でのみ、この扉は開きます。制限時間は《無限》となっています』
「!?」

 あくましゅうどうしはとっさに姫の耳を塞いだが、姫には既にほとんど聞こえていた。

「せいこうい」
「大丈夫。絶対に姫は守るよ」

 姫は特に不安そうな顔を見せることはなかった。理解しているのかしていないのか、いまいち判別がつかない。あくましゅうどうしは彼の顔を見上げた姫に向かって微笑んで頷いて見せた。

「この条件なら、別に私一人の行為でもいいはずだからね。だから、ちょっと離れててくれたら大丈夫だから。向こうでマシュマロ食べて待ってて」
「……わかった」

 姫がおうさまチョコマシュマロがあった部屋へと向かったのであくましゅうどうしがため息をつきながらベルトに手をかける。

(この悪趣味な部屋を作った相手に、見られるのだろうか)

 そう思うと、たとえそういう気分であったとしても条件を達成できそうになかった。見られて興奮する趣味はないし、元々自分を慰めることもほとんどない。時間制限がないのが唯一の救いだった。
 あくましゅうどうしが意を決して下着に手をかけた瞬間、ポンとチャイムが鳴った。

『《オーロラ・栖夜・リース・カイミーン》さんの1分以上の退室が確認されました。扉を開くための条件が追加されました。《あくましゅうどうし》さんと《オーロラ・栖夜・リース・カイミーン》さんとの距離に応じて、室内の音量の条件が追加されます。必要な音声は《距離7ミリメートルにつき1デシベル》です。扉を開くための条件は《距離7ミリメートルにつき1デシベル》の音量で《性行為をする》となりました。以降、両者が同じ部屋にいない場合、1分ごとに扉を開くための条件を追加します。なお、トイレ、バスルームは同じ部屋とみなされます』
「姫っ、姫ー!! 戻ってきて!!」

 あくましゅうどうしがガチャガチャとベルトを締めながら叫ぶと、姫が口元を隠したまま慌ててやってきた。その口はもぐもぐしている。口の中のものを飲み込むまで待つ間にも、あくましゅうどうしは血の気が引いた顔で姫を見つめている。

「何があったの?」
『キーワード、《何があったの》により、チュートリアルが起動します。こんにちは、《あくましゅうどうし》さんと《オーロラ・栖夜・リース・カイミーン》さん。この部屋は、《性行為をする》部屋です。《距離8ミリメートルにつき1デシベル》の音量で《性行為をする》という条件でこの扉は開きます。制限時間は《無限》となっています』

 再びのチュートリアルには、早くも条件が追加されたものに差し代わっていた。今度はあくましゅうどうしが姫の耳を塞ぐこともなく、うなだれたまま聞いていた。

「なるほど、離れたらダメってこと」
「8ミリにつき……ってことは、この距離でもさっきの叫び声より大きな声が必要だね」
(性行為の音声ってつまり、喘ぎ声……。そんなの、聞かせるわけには)
「ねぇ。せいこういってどんなことするの? 私にもできる?」
「……。しなくていいよ」
「そう。レオ君頼みってことなら、レオ君の顔色が良くなるまでちょっと休憩しようか。今回は時間制限がないみたいだし」
「優しいね、姫は」

 あくましゅうどうしはこのとき、少し体の奥が火照った気がした。部屋の主の前ではそんな気が起きないと思いつつ、姫を前に少しだけ欲情しているのだった。
 条件達成をいったん先延ばしにした二人は、最初の部屋でしたようにティータイムを過ごすことにした。おうさまチョコマシュマロがいくらでもあることに、姫はかなり喜んでいて、恋をした乙女のように頬を赤らめておうさまチョコマシュマロを見つめた。それを大事に食べながら、あくましゅうどうしは「それにしても」と部屋の主に思いを巡らせる。

「誰なんだろう。最初は睡魔のイタズラだと思っていたけど、度が過ぎてるし」
「全然知らない誘拐犯じゃない?」
「でも何のために……。そうか、恐喝、かな。この悪趣味な条件をクリアするところ、撮られてるのかも」
「……出るのが無理なら、しばらく住んでもいいかもね。きっとみんなが助けにきてくれるよ」

 そう言って力なく笑う姫に、あくましゅうどうしは再び体の奥から熱い衝動がわき起こるのを感じた。あくましゅうどうしが自らを抱きしめるのを見上げる姫の表情は、少しぼんやりして見える。

「……体が熱い。姫は? 大丈夫かい? 空調かな」
『音量の条件が更新されました。必要な音声は《距離23ミリメートルにつき1デシベル》です』
「? 距離、増えた」

 そこで、はたと気付いた。

「そういえば、さっきも7ミリから8ミリに増えてたかも」
「増える条件があるのかな」
(でも、条件が緩くなるような行動は、特に何も)

 あくましゅうどうしはふと気になって、姫が追加のおうさまチョコマシュマロを箱から取り出したのを腕を掴んで止めた。大事に大事に食べていたそれは、だんだん消費のペースが速くなっていて既に空箱が二つある。

「さっき増えた時、ちょうど姫が食べてたよね。……マシュマロ、何個食べたっけ。22か23、じゃない?」
「そうだね、それくらいかも」
「1個につき1ミリ、増えてるんだと思う」
「えっ、じゃあいっぱい食べればお隣の部屋でも大丈夫?」
「ううん。たぶんこれ、何か入ってるんだよ……。条件が緩くなってもいいような何かが」

 あくましゅうどうしの中では、ほとんど答えが出ていた。心とは裏腹に血流が下半身に集まり、下着を押し上げている。

(媚薬を盛られたか)

 思えば、さきほどの部屋で姫が抱き着いてきたことだって、その作用がわずかにあったのかもしれない。
 それよりも問題は、姫がマシュマロを食べた数だ。姫の好物ということもあり、あくましゅうどうしは姫にいくつか譲った。割合でいえば4分の3ほどは姫が食べている。

(今ならこんな状況でも一人ですぐに終わる……。でも、このまま出たら姫は……。そもそも、出られるのか? もっとひどい条件の部屋が続くだけかもしれない)
「姫、体調……悪いんじゃない?」
「……そう、かも。なんか急に、熱が出たみたいな感じする」

 明らかに体が火照った様子の姫が、眠そうなとろんとした目であくましゅうどうしを見つめる。瞳はいつもよりも潤み、呼吸は浅い。

「……寝たら、治る?」
「うん。その間に、出れるようにするからね」

 姫が白いシーツの上にころんと横になった。離れれば離れるほど、姫が寝ていられないほどの音を立てなければならない。あくましゅうどうしは少し迷って、ベッドの端に座った。

「レオ君」
「なんだい?」
「寝るまで手をつないでくれる?」
「いいよ」

 あくましゅうどうしの片手を両手で掴んだ姫は、その手に自らの頬を寄せた。

「……――食べたい」
「え?」

 言うが早いか、姫はかぷっとあくましゅうどうしの指を口に入れた。

「え? え? ゾンビ化した?」

 あくましゅうどうしが口元を押えて姫が口に入れた手を引くと、姫がそのまま手を掴んでついてきた。真っ白なシーツをするりと滑って、二人の距離は急に縮まった。
 距離のことは気にせず、あくましゅうどうしが姫の体に縫い目がないか確かめようとその細い首にかかった髪を払うと、姫は温かな吐息を漏らした。
 姫は浅い呼吸のまま、体を起こしてあくましゅうどうしの肩を掴んだ。そのまま、あくましゅうどうしの首にかみつく。あくましゅうどうしは驚いて硬直した。彼の首を甘噛みする姫の背中から少し離れたところで行き場をなくした手は空を切った。

(痛くはないけど……)

 ぐっと体重をかけた姫に押され、あくましゅうどうしはそのまま後ろに倒れた。相変わらず姫はあくましゅうどうしの首に嚙みついたままで、時折首筋をちろちろと舐めるのでゾクゾクと背筋が粟立つ。姫は時折、「んっ」と声を漏らした。

「姫……、寝た方が、いいと思うなぁ……」

 あくましゅうどうしが控えめに言うと、姫はぷはっと息を吐きながら顔を上げた。その顔は少しムッとしている。

「レオ君を食べたくって、眠れないの」

 姫があくましゅうどうしの顔を両手で包み、「お口も美味しそう」とこぼしたとき、姫の体がそのまま浮いた。あくましゅうどうしがしっぽを巻き付けて姫を宙吊りにしたのだった。猫のようにぶらんと手足を伸ばした姫は、しくしくと泣き出した。

「食べたいだけなのにぃ……」
「それが問題なんだけどね!?」
「せいこういすれば、出れるんでしょ? 私もする!!」
「なんてことを言ってるの!! お姫様がそんなこと言っちゃだめだよ!!」
「……おろして。もう食べないから」
「……」

 あくましゅうどうしが静かに姫をベッドにおろす。しばらくの沈黙の後、姫は再びころんとベッドに寝転んで目を閉じた。相変わらずその呼吸は浅く、辛そうだ。
 ほっとあくましゅうどうしが息をつく。

(このまま時間経過で効果が消えてくれたらいいけど)

 自らの体の方は、そうも言っていられない状況であった。姫の愛撫(と呼べるものではなかったが)によって、完全に彼の下半身は怒張していた。音声の問題があるだけに、姫から隠れられないということが、彼の頭を悩ませていた。

「あっ」
「!?」
「ん、ぁ」

 あくましゅうどうしが振り返ると、姫が自らの体を抱きしめて丸くなっていた。もじもじと太ももをすり合わせて、涙目であくましゅうどうしを見つめた。

「レオ君、助けて」
「……でも」
「お願い、なんかじれったくて、変なの」
「……そうだよね、姫の方が効果が強いよね……。でも」
「あのね、腰揉んでくれたら、いいかも。腰がね、もぞもぞする」
「……わかった」

 じゃあ、と姫が腹這いになったので、あくましゅうどうしはおそるおそる姫の細い腰を指圧した。姫の要望により徐々に力を込めていくと、姫は「きもちい~」と感想を漏らした。

(なるほど、外からの刺激でいいわけか――……)
「んっ、ぅ。今のとこ、いい……、ひゃんっ」
(――声がちょっとアウトだけど)

 数分の指圧の後、姫が「うん」と言った。

「あ、もう大丈夫?」
「あのね、一番触ってほしいところがわかった」
「……あの、たぶんそれ、私は」
「うん。私もさすがに恥ずかしい。だからレオ君、目隠しして」
「目隠し……」
(……好きにさせていいのかな……。たぶん、性行為自体のやり方をわかってなさそうだし、大丈夫かな。時間は、あるし)

 とりあえず姫の好きなようにさせよう、と言われるままに目隠しをされると、姫が離れる気配がした。

「姫……?」

 しばらく静寂が広がったが、やがて何かガチャガチャと音がした。

「レオ君、ちょっと手をあげて」
「こう?」
「うん」

 小さい手があくましゅうどうしの手首を掴んだ。
 ――ガチャン。

「!?」

 何かがあくましゅうどうしの手の動きを制限している。拘束をされたようだった。そのままゴソゴソと上半身の服を脱がされていく気配がする。次いで、ブウウウウンと背中がこそばゆくなるような音がした。

「姫……? 姫、何してるの?」
「向こうの部屋からマッサージグッズを持ってきたの」
「あ……、そういえば、マッサージグッズがあったって言ってたね……」
「レオ君の腰を揉む。それで、この本の通りにしてる」
「本!? 本って何!?」
「マッサージグッズと一緒にあった、イヤンな本」
「待って待って待って」

 言うが早いか、姫はハンドマッサージ機をあくましゅうどうしの胸に押し当てた。

「!? あっ、あ、やめ、やめて!! あっ、姫、だめ」
「ねぇ、気持ちいい?」
「あ、う……、だめ、だめだってば」

 あまりの快感に腰が反る。腰痛のことを思うと悪化させる反り方だったが、あくましゅうどうしにはどうすることもできなかった。数分も経たずにスラックスにシミが広がる。あくましゅうどうしの荒い呼吸をよそに、姫はあくましゅうどうしの顔を包んで顔を寄せた。口を付けると、あくましゅうどうしはされるがままに姫の舌を吸った。

「あ、ちゅーって気持ちいい」
「やめて、姫、だめだよ……」
「好きなひととしかしちゃだめなんでしょ」
「そうだよ、だから」
「だからいいんだよ」

 あくましゅうどうしが絶句したとき、姫が再び口付けた。柔らかな唇がくすぐったく、甘い香りがする。

「……そのイヤンな本って、どんな……風になってるの……?」
「えっと、二人とも裸で、なんかハグして……あれ、これどうなってるんだろ。何か、繋がってる」
(完全にアウトなやつじゃないか)
「でもちゅーだけでもいいね」
「……うん」

 再び姫がちゅっと口を付ける合間に、ちゅく……と音がした。想像するしかないあくましゅうどうしだったが、何が起こっているのかはすぐに察せられた。

「んっ、んんっ」
(耳への暴力だ……)
「……ちゅーだけじゃ、開かないみたい……」

 それでいうなら、射精するという行為だけでは条件は満たされないらしいという判断もできた。部屋の主は挿入まで見届けないと扉を開けるつもりがないのだろう。

「よし、じゃあもう少し脱ぐ」
「……だっ、だめっ!!」
「でも本では」
「本は捨ててきて」
「ぬぅ。……ぬ?」

 何かに気付いたらしい姫があくましゅうどうしの傍から離れていく。「なるほど」とか「手っ取り早く」とか言う声が聞こえてあくましゅうどうしが不穏な空気を感じ取っていると、姫が戻ってきた。

「お腹すいたでしょ」

 ぷにっと唇に押し当てられたのは、姫の唇――では、なかった。ぐいぐいと押し込まれたのは残っていたおうさまチョコマシュマロだ。それを口に押し込まれている。

「何を……」
「これを食べさせるといいってモニターに表示されてた」
「でもそれは」
「それで、こうするって」

 姫があくましゅうどうしのお腹を跨ぐように座った。その下着はしっとりと湿っている。その体制のまま、再び怒張し始めたあくましゅうどうしの下半身に手を伸ばす。服の上からとはいえ、それをつんつんと指先で突かれると反応してしまう。

「……っ、姫、だめだってば!!」
「でもこうしないと出れないんだって。あんまり遅いからヒントくれるんだって」

 強制的に勃起させられたあくましゅうどうしは、奥歯を噛んだ。
 このままでは部屋の主の思う壺である。その事態はどうしても避けたかったが、姫が早く部屋から出たいと願っているらしいこともわかっている。

「……わかった。もう逃げないから、手錠を外してくれる?」
「……! うん」

 手錠を外されたあくましゅうどうしが目隠しを取ると、姫は彼のお腹の上でインナー一枚になっていた。
 あくましゅうどうしがゆっくりと上半身を起こし、膝立ちの姫にキスをした。姫は深いキスに甘い吐息を漏らし、あくましゅうどうしの肩に手をかける。

「……本当にいいの?」
「うん」

 あくましゅうどうしが姫の下着をずらしそこに触れる。散々焦らされたそこはぐちょぐちょに濡れそぼり、あくましゅうどうしの指を簡単に受け入れた。

「んんんっ、本当は、指じゃないんでしょ」

 姫はびくびくと体を震わせ、あくましゅうどうしの指の形を確かめるようにきゅっと中が締まったが、それでも首を振った。

「で、でも、初めてでしょ? 慣らさないと」
「変、もっと、ちゃんとしてくれないと、だめ」
「だめって……。怖くないの?」
「レオ君が怖いわけないでしょ……」
(なんでこんなに可愛いことを言うんだろう)
「じゃあ、い、入れる、よ?」

 指を抜いて、自分の服を少しずらし、姫のそこにあてがう。姫が「ひっ」と声を漏らすと、あくましゅうどうしはそれ以上動かなかった。

「だ、大丈夫?」
「だいじょうぶ……」

 その間にも、姫の蜜がとろりと糸を引く。ゆっくりと姫の腰を押えると、姫は腰が抜けたようにあくましゅうどうしに体を預けた。あくましゅうどうしは動かなかったが、姫の中がけいれんするかのようにあくましゅうどうしを締め付ける。

「ふ、ぁ……っ」
「あっ、ち、力抜いて」
「んっ、んんっ」
「痛くない? 大丈夫?」
「だい、じょうぶ」

 熱い。どちらが熱いのか、姫にはわからなかった。だが、体はいまだ疼く。おうさまチョコマシュマロに入っていたらしい何かは、絶え間ない快感を与えるもののあと一歩足りない。
 足を曲げて座るようにしていた姫だったが、もっとあくましゅうどうしにくっつこうと足を彼の腰に回した。その瞬間、つながる角度が変わり、姫の奥にあくましゅうどうしがぶつかった。

「う、うぐ……っ」
「姫っ、だ、だめだって、動かないで!!」
「だって、勝手に……っ」

 強すぎる快感から反射的に逃れようとする体が、次の瞬間にはまた深く繋がろうとするので、事実だけいえば姫が腰を振っているということになる。
 姫が切ない声であくましゅうどうしの名前を呼ぶと、あくましゅうどうしは我慢しきれずに欲望を放っていた。

『おめでとうございます。《性行為をする》部屋の扉が開きます』
「あ……外だ……」
「……ね、寝て……いい?」
「私も寝る……」

 抱きしめあいながらすっきりとした寝顔を見せる二人には、次のアナウンスはもう聞こえていなかった。

『扉が閉じるまで、あと《5分》です』