Mymed

千年の誓いを君に

花占い

 魔界は常夜ではあるが、常に真っ暗闇というわけではない。本日はかなり明るい大きな満月が昇っているため、眩しいとまではいかないものの夜の森だというのに何に躓くこともなく歩ける。
 数歩前を歩く姫は、月の柔らかな光がぼんやりとその姿を浮かび上がらせて神々しささえあった。
 姫は数刻前に行きたいところがあるからついてきてと言ったきり言葉を発しなかった。
 どこへ行くのだろう、とか。綺麗だな、とか。無断でどこかへ行かないでくれるのはありがたい、とか。話しかけるなというオーラを感じ取り、取り留めのない考えが浮かんでは消えていく。
 魔王城の修復から戻ってきたら姫が城下町を作り上げていた。疲れているんじゃないかと思ったが、姫は黙々と歩き続ける。

「ついた」

 10分は歩いただろうか、城下町の明かりが届かなくなった頃に姫はぴたっと足を止めた。
 光の花の海があった。植物にはそれほど詳しくないが、確か満月の日に咲き、月光を吸収して発光する魔界屈指の美しい花だ。人間界でも人気だと聞いたことがある。
 花を見ようとかがむと、姫も同じようにしゃがんだ。
 青白く発光する花の中で浮かび上がる姫は、先ほど月の光で淡く縁どられていたときとは違う美しさがあった。何も知らないものがみれば、花の精だと思うのだろう。

「セクシーがここにお花畑があるって教えてくれて、見てみたくて」
「へー……、あ、わかった。このお花の香りがよく眠れる香りなのかい?」
「違うけど、たぶんよく眠れる」

 姫は笑いながら花を摘んで私の角と髪の隙間にそれを挿した。

「似合う」
「姫の方がきっと似合うよ」

 姫の髪に挿そうとすると、やんわり手で制された。

「……私は姫だから。この花は、見ることしかできない」
「え、どういう」
「もう見れたし、帰ろうか」

 言うが早いか、姫は既に森へと引き返している。
 姫にはすぐに追いついた。自分の頭を飾る花をとり、姫の髪に挿す。姫はさきほど嫌がったとは思えないほど嬉しそうに笑った。

千年幸福論

 魂がこの世との繋がりを絶つとき、蘇生は意味をなさない。
 わかりきったことだ。しかし、わかりたくないことだ。
 死の淵にある人間とは思えないほど、彼女は落ち着いて私を出迎えた。カイミーン王国の国王として国を導くことは激務だったのではないだろうか。それでも、そんな様子は欠片も見せなかった。
 記憶の中の彼女と同じ、凛とした姿。年を重ね、皺が増えて肉が落ちた。それでも一目でわかった。何も変わっていないと。

「来てくれるとは、思わなかった。……君は変わらないね」
「今日は花を贈りに来たよ」
「それは……」
「うん、月光花」
「今度は意味を知ってるんだね」
「……うん」

 夜のピクニックをしたときは、知らなかった。
 人間界では、プロポーズに月光花を使う地域があること。
 あの時の花は、城下町に戻ったときにはしおれていた。姫は残念だと笑うだけだった。
 どれほどの深い考えで、はじめの花を断ったのか。どれほどの喜びが、髪に挿した花にあったのか。どれほどの私の想いが、届いてしまっていたのか。

「やっとこのお花のお返事、できるね」
「……」
「……きっとまた会えるから、生きていてね」

 そして続く《お花のお返事》は、生涯解けない甘い呪いだ。
 君がいない世界で生きる未来なんて想像できないというのに、君が大事にしてくれた自分を殺すことなんて、もう絶対にできないのだから。

スパークル

 遠い昔のことなどもう覚えていないけれど、なぜかこの世界を離れようとは思わなかった。
 何か、約束があったから。
 人間はみるみるうちに増殖し、魔術ではない魔術のような力を使うようになった。そうして、一度は友好関係を築いた魔族をすっかり忘れてしまった。
 あくましゅうどうしの仕事は少しずつなくなり、ただ、人間に支配されていく世界を眺める。
 約束は忘れたが、約束したことは覚えている。
 その声すらも忘れたというのに、生きていてねと言われたことを覚えている。
 もう、いいのではないか。
 私をこの世界に縛る誰かは、遠い昔にいなくなったようだし。
 そんなことを、思う毎日。
 そして、今日も。ぼんやりと人間の街を眺めている。どうしてそうし始めたのかも、もう覚えていない。ただ、悪魔が見えない人間たちを眺めている。

「……大丈夫? 生きてる?」
「君は……私が見えるの?」
「え、何、幽霊なの?」

 その人間は、物怖じせず凛としていた。
 懐かしい。初めて会った人間に、そんな感情を抱いた。ただただ懐かしい。会いたかった。そう思った。
 からからに渇いた心を何かが満たし、そうして溢れ出たのは涙だった。

「どこか痛いの?」

 首を振ると、その人間は私のツノを掴んだ。初対面とは思えない笑みを浮かべ、彼女は囁いた。

「君のツノ、ギザギザして良いツノだね」


千年が歌詞に出てくる曲をイメソンにしてSS書こう!っていう思いつきでした。
花占い/Vaundy:何も知らない無邪気な千年の祈り
千年幸福論/amazarashi:ただ君を想う祈りという呪い
スパークル/RADWIMPS:そして、また君を想う