さっきゅん牙をむく
反逆の影武者
~週1で死ぬ姫の代わりに私が国をまとめます~
その日、さっきゅんは影武者の修業によりとても疲れていた。正確にいうと、肉体的疲労が重なった上に目の前でマグマに落ちていく姫を見て精神的疲労もかなりのものだった。
「姫が私くらい平凡ならよかったのに」
それは、ただの愚痴だった。けれど思うだけの言葉と口にした言葉は比重が違う。透明な水に落とした墨のように心にじわじわと広がっていく。
「私が姫ならよかったのに」
本当に最初は、ただの愚痴だったのだ。しかしいつしか、その思いは根を張り芽吹き、そして大きく育っていった。
~中略~
さっきゅんは、姫と同じ高級なドレスを身にまとい、重たい剣を姫に突きつける。魔王城の、高い塔の一室。大きく開いた石造りの窓の外は豪雨で、助けを呼んでもその声はかき消される予定だった。しかし、姫は助けを呼ぶどころか、哀れむような表情でさっきゅんに対峙する。何故驚くこともなければ怯むこともないのかと、さっきゅんは奥歯を噛んだ。
「……私に成り代わったって、君が辛いだけだよ」
姫の言葉に、さっきゅんはもう一度剣を構えなおした。
「姫に振り回されてちゃ、何にもならないの! わからない!?」
「まぁ、いいよ影武者。君がこの、オーロラ・栖夜・リース・カイミーンを演じきれるというのなら、やってみるといい」
「ううん。私は私の王冠を戴く。私なら、姫よりももっと相応しく国を導ける」
「ふふ、言うじゃない、ただの淫魔が」
姫が冷たく笑うと同時に、魔王城のすぐ近くに雷が落ちた。二人の影が一瞬長く伸びる。
雷に怯えたのは、さっきゅんだけだった。
ありったけの罵詈雑言を姫に浴びせるさっきゅんが、ただ立っているだけの姫に心を追い詰められていく。
やがて、重たい剣を取り落としたさっきゅんはドレスを掴み、裾を少し持ち上げた。
***
もう無理! とさっきゅんはドレスの裾をぎゅっと握ったまま叫んだ。
「カット! どうしたのサキュン」
「なんなのこの脚本!! この映画、なんでこんなに暗いの!?」
姫が振り向き、よじれたドレスの裾を整える。その姿はどう見ても一国の姫だというのに、真っ黒なサングラスをかけてプロデューサー栖夜になった姫は、ドレスに不似合いなカーディガンをプロデューサー巻きをして腕を組んだ。タオルを持ってふわふわと飛んできたでびあくまがさっきゅんのおでこを拭う。特に汗は書いていないしメイクもよれていないのだが、カットがかかったらとりあえずおでこをタオルでおさえる、と教育されているらしい。
キャップを被ったきゅうけつきがさっきゅんに厚手のコートを肩からかけた。
「休憩しますか」
「うん、君たちは休憩してて。役者の意見に耳を傾けるのもプロデューサーの役目」
ADに徹するきゅうけつきがプロデューサーの言葉を伝え、撮影隊は一度休憩に入ることになった。
「それで、どこが暗いの?」
「全部ぅ! この後は魔王様に死の接吻編と……縺れ合う痴情編!? これ、意味わかって書いてるの!?」
「……ウン」
「このポセイドン様と濡れ場っていうのは!?」
「濡れ場ってプール遊びでしょ? 私はプールNGだから君だけね」
姫の言葉に、さっきゅんは「全然わかってないぃ」とこぼした。
「タイトルもさ、長くない?」
「『反逆の影武者~週1で死ぬ姫の代わりに私が国をまとめます~』のこと? 最近こういうのが流行ってるんだって」
「ていうか、週1で死んでる自覚あるんだね。脚本変えようよ、私、ありったけの罵詈雑言とか思いつかないし。なんでここアドリブなの?」
「私も思いつかないから」
「なんで思いつかないくせにこんなダークな脚本なの!?」
こうして、主演女優の緊急降板により、姫が監督兼プロデューサー兼脚本兼助演女優を務める本作はお蔵入りとなってしまった。
最後にスポンサーAさんの反応を紹介する。
「枕営業をするからスポンサーになってほしいって頼まれたんですよ。いえ、断るつもりでしたけどね? プロジェクトがなくなってしまったのは残念です」