宝石箱のような恋の話
※付き合いたてのあくスヤです
※捏造しかありません
鳥ガールは目をキラキラさせて、続きを話してと迫ってくる。
――初恋の人の顔なんて、もう覚えてないよ。
うっかり鳥ガールが好きそうな返事をしてしまった。『もう覚えてない』だなんて、初恋の経験がある、と言ってしまったようなものだった。
「本当に覚えてないし、この話はおしまい」
「照れちゃってぇ! 姫には婚約者がいますものねぇ」
「アなんとかくんは本当に全然、何にも関係ないからね。……じゃあね」
「あっ、はーい。私もそろそろ行かないと!」
鳥ガールがあんなことを言うのは、恋人の存在を公言していないせいだ。でも鳥ガールは隠せるかわからないから、まだ言わない方がいいと思う。否定とかは、しないと思うんだけど。
ふと思い出した幼少の頃のひと夏のおませな初恋。甘酸っぱくて、切なくて、それでいておぼろげだ。
久しぶりに思い出したのは、この人を見るときゅんと甘酸っぱい気持ちになるからだろうか。レオ君は「どうしたんだい」と言って微笑む。
「今日、部屋に行っていい?」
「もちろん、いいよ」
言いながら、レオ君はくくっと笑った。
「何が可笑しいの?」
「だって、今の方が鍵を渡していていつでも入れるのに、きちんと確認するようになったから」
「ぬぅ……。そんなに笑わなくても」
お部屋デートなのだから、きちんと約束するのは当然なのに。
付き合って何か変わるということはなかった。ただ、傍にいても「どうして?」と問われることはない。それだけで十分な気がする。
私はレオ君を待つ間、初恋のことを思い出していた。恋人(恋悪魔?)の部屋で他の人のことを考えるなんて、私も悪女になったものだ。
ラードくん、と呼んでいたと思う。幼少の頃、私はひと夏だけ王都から遠く離れた別荘で過ごしたことがある。その時に出会ったのがラードくんだった。
父上も母上も公務で行けなくなった旅行。それを楽しみにしていた私は別荘行きを強行した。別荘の近辺は西の言語を話す地域で、ミョウジョウやお付きのメイドたちとしか話せなかった私が出会った、唯一の言葉が通じる相手、それがラードくんだった。
初恋と呼ぶには、きっと幼すぎて。けれど恋をするには最適すぎた。メイドもミョウジョウも知らない、私だけが知っている男の人。
その時ミョウジョウは、その街を襲撃する魔物討伐によくかりだされていた。そのため、私はメイドの目を盗んでは彼に会いに行っていた。
「ラードくん」
「やぁ、姫。何度も言うけど、あまりここに来てはいけないよ」
ラードくんは小柄なイメージがある。ミョウジョウよりも小さいと思ったから。ミョウジョウは人間の中でも大柄な方だと知るのはもっと後のことだ。それに鎧のせいで大きく見えていたというのもあると思う。
彼は読んでいた本を閉じて小さな私を優しく抱き上げる。フードを目深にかぶったラードくんは、たぶん魔導士だったのだと思う。勇者と旅をしている魔導士のようなフード付きローブを着ていた。
「レオ君に似てた気がするなぁ」
「誰がだい?」
「あ、おかえり」
ぼーっと過ごしているうちに、レオ君が帰ってきていた。
付き合うようになってから、上着を脱いだ姿も見せてくれるようになった。白くて皺のない服。レオ君の性格が出ていて見るのが結構好き。
「それで、誰が私に似てるって? カモシュのことかな?」
「えーっと、昔出会ったひと。今日、鳥ガールと初恋の話になって――……」
あ、と思って両手で口元を押さえたときには遅かった。今日はやたらと口が滑る日だ。
レオ君は目の奥が笑ってない笑顔で、有無を言わせずに続きを促してくる。先ほど自分で思ったばかりだ。他の男の人のことを考えるなんて、と。レオ君が良く思うはずがない。恋愛経験はそれほどない私だが、それくらいのことはわかる。
「……」
「隠すような話なのかい?」
「違うよ」
まったく、この恋人ときたらこうだから困る。本当は聞きたくないくせに、話さなければやましいという。
私は仕方なくラードくんのことを話すことにした。隣に座って、かつては幼すぎてラードくんとそうすることができなかった繋ぎ方で手を繋ぐ。
「えーっと、私が6歳か7歳の頃の話だから、本当に何にもないんだけどね」
西の言語を話す地域にある別荘に行ったこと。そこで、ラードくんという魔導士に出会ったこと。私は彼が好きで、よく会いに行っていたこと。デートと称していろんなところに付き合ってもらっていたこと。
レオ君ははじめ青い顔をしていたが、途中から口元を押えていた。
「……」
「……レオ君? その人とは、本当に何も」
「……昔いた、小さな恋人の話をしようか」
「ぬ?」
思いもよらぬ言葉に、私にも嫉妬させようということかとわずかに警戒する。
「まだウシミツ様が魔王だった頃、魔王軍に入らずに暴れている魔族の制圧に向かったことがあったんだ。その時に出会った子」
「……」
聞きたいような、聞きたくないような。私は自分が嫉妬するのかもよくわからない。
「とっても可愛い子だったんだよ。毎日遊んで、帰りには私のほっぺにキスをくれた」
「き、聞きたくない」
このよくわからないモヤモヤが嫉妬だというのなら、私は間違いなく嫉妬している。
私はキスなんて、したこともない。
むくれていると、レオ君はくすくすと笑いながら「もう少しだけ聞いて」と言った。
「私は人間の魔導士のふりをして、その地方で溶け込めるようにその地方によくある同じルーツを持つ名前を名乗ってたんだ。レナード、ってね。でもその子は、舌っ足らずで私のことをラードくんって呼んだ」
「えっ」
「姫から聞くまで忘れてたよ」
レオ君はふふっと笑って私を見た。
「姫がやきもちを焼いてくれるってこともわかったし、今日はいいこと尽くしだ」
「ぬぅ……、帰る!」
「おやすみのキスは? 小さな姫はしてくれたけど」
レオ君の両肩に手をのせて、ほっぺたに唇を寄せる。しかし、少しだけ躊躇ってしまう。
確かに幼い頃は、屈託なくそんなことをしていたかもしれない。誰彼構わずしてはいけないと怒られてから、そんなボディタッチなど滅多にしないのだ。
私の逡巡を悟ったのか、レオ君が私の腰を抱き寄せた。
「それじゃあ、おやすみのハグ」
温かくて、いい匂い。そのまま離れないでいると、わずかにレオ君の唇が鼻に触れた。
顔を上げると、柔らかな唇が重なる。息を止めてしまっていた。レオ君の顔が遠ざかるのを黙ってみていると、レオ君は見たこともない顔で薄く笑った。おじいちゃんのようなレオ君じゃない、色気のある男の人だ。
「私だけの、世界で一番美しい双子星」
「?」
「牢まで送るよ」
唇に何か貼り付いているみたいに熱い。牢に戻ってベッドに寝転んでも、柔らかいマシュマロのようだったな、と何度も思い出す。
「……眠れない……!」
ドキドキする一日だった。
ラードくんがどうやらレオ君だったこと。レオ君のお部屋で初めてのキスをしたこと。きっとこれからずっと、宝石箱に宝石を並べるように思い出を並べていくのだ。
同時に、これからそこに並べていくであろう未来のことも考える。
(双子星って何だろう……両目の星のことかな。……べろはキスとどう関係あるんだろう。次のデートはお外かな)
たくさんのキラキラした思い出を、彼と積み重ねていくのだろう。
レオナールがフランス語らしいので、フランスの西にあるのはイギリスってことで英語のレナードにしました。
参考:人名言語変化対照表