Mymed

密着☆ギアボルト博士

 魔界の就職したい職場ランキング殿堂入り。魔界の就活倍率トップ。エリートといわれて思いつく職場ランキング1位。魔界の花形職種ランキング1位。魔界で合コンしたい相手の就職先ランキング1位。
 挙げればキリがない様々なランキングを総なめにする魔王城。その中のからくりエリアが、彼の職場です。

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 魔界の王、魔王タソガレは就職してしまえば案外フランクで、前魔王ウシミツとは違う独自の路線及び魔界の未来を切り開いている。その瞬間に立ち会えていることに、誇りに思いこそすれ不満などほぼない。いいものを作れば評価はきちんとされるし、上司に手柄を横取りされるようなこともない。総じて評すれば良い職場と胸を張って言える。
 総じて、とは――。

「もっとかっこよくしてほしいのだ。あともっと強く」

 ――これさえなければ、の話だ。
 ギアボルト博士は、いつも魔王のふわふわすぎるフィードバックに頭を抱える。魔王タソガレはいつも、嬉しそうに彼の作品――電子魔物――を眺めるが、その修正の要望が具体的であったことはない。

「かっこよくとは、具体的に何を――……」
「魔王様! 大変です!!」
「すぐ行く!! 悪いな、ギアボルト博士。あとは頼んだぞ!」
「えぇ……?」

 一介の魔物である彼に颯爽と去っていく魔王を引き留めることなどできるはずもなく、彼は比喩ではなく頭を抱えた。
 魔王の言う《かっこいい》と《強い》の定義が不明である以上、修正の方向性すら定まらないのだ。

(いつか要件定義の意味を理解するまで立てない椅子を作ろう……)

 彼は彼の上司に相談すべき事案であると判断し、引きこもりがちな上司のことを考えて小さくため息を吐いた。部屋がわからないので、まずはシザーマジシャンを探す必要がある。これが非常に面倒くさいのだ。

「お、わー」

 小さく声がしたのは、そんなときだった。
 人質の姫が、作ったばかりの電子魔物を見上げている。いつもの恰好ではなく、髪をシニヨンにまとめてジャージを着た運動スタイルだった。

「近付いてはダメですよ、姫。あなたに何度壊されたことか――……」
「これ、完成?」
「いえ、かっこよく、強くしなければならないのですよ。しかし、かっこいいの定義もわかりませんし――……」
「なるほど」

 人質の姫は電子魔物から目を離さないまま腕を組んだ。

「ツノをあと1センチ……いや、思い切って10センチ短くしようか。あと太く――そうだな、直径20センチほどにしよう」

 それは、これ以上なく具体的なアドバイスだった。

「……か、かっこよくなります?」
「トレンドを取り入れたらかっこよくなると思うよ。カラーもグリーンよりもシルバーにしようか。シルバーとこのピンクのツートンカラーがトレンドだよ」

 姫は自らのジャージの裾を引っ張りながら、このピンク、と指さした。

「トレンド? ツートン? ……そちらの方面は詳しくないので助かる」
「いいよぉ」
(とんでもない人質だと思っていたが、やはり人の上に立つ者なのだな)
「……ちなみに、強いの定義はどう思いますか? 単に強くといわれても、上げたいのは攻撃力なのか防御力なのかか不明で……。攻撃力だって物攻なのか魔攻なのかで修正内容が大きく変わるのですよ」

 姫はピンときた顔で、あごに手を添えたポーズで即答した。

「武器を……はさみにしたらいいんじゃないかな?」
「はさみ! 武器を追加して物攻を上げるということか」
「ソウソウ」
「それなら動力回路をいじる必要もないし、アタッチメントでどうにかなる……。シザーマジシャンに手伝ってもらおう。ありがとう、姫!」
「いいよぉ」

 姫はこれから砂風呂に行くのだと言って去っていった。普段はそこまで友好的に接するわけではないギアボルト博士だったが、手を振る姫に小さく手を振り返した。
 とにもかくにも方向性が決まったことに安堵した彼はすぐにシザーマジシャンを探し始めた。シザーマジシャンの仕事内容をあまり把握していないせいもあり、彼がどこにいるのかさっぱり見当がつかなかったが思いのほかすぐに見つかった。

「博士、いたいた~」
「ちょうどよかった、探していたんですよ」
「えぇ、私を探してるって姫が教えてくれたのよ~」

 彼は姫に対し小さな感動を覚えつつ「協力を頼みたい」とうなずいた。

「新しい電子魔物がもっとかっこよくというフィードバックがあったんですよ」
「あぁ! 新しい電子魔物ね。ボスが褒めてたわぁ。ボスが作ったからくりを電子魔物化し――……あんらぁ」
「武器を持たせたら『かっこいい』という要件を満たすのではないかと助言をもらったんです。なかでもはさみがおすすめらしくて」
「なるほどねぇ。それは姫からの助言ってわけねぇ。……でも……」
「色味についてもこうした方がかっこよくなると助言をくれたんですよ。作った作品を壊されてばかりで警戒していましたが、案外いい人みたいですね」
「……素直な子よねぇ」

 歯切れの悪いシザーマジシャンに気付かず、はさみ型アタッチメントを取り付けた博士は満足げにうなずいた。

「よし、思ったよりも工数を抑えられた。ありがとうございます、シザーマジシャン」
「どういたしまして~」

 修正の対応が完了したと伝えると、魔王は「さすがだな」とまずギアボルト博士を褒めた。
 しかし、電子魔物を見たときは歓声よりも悲鳴に近い「なっ」という声を漏らした。

「ギアボルト博士……、これは先日見たm.o.t.h.e.r.が作った我輩の姿に似せたロボットから作った電子魔物……だよな?」
「えぇ! とれんど? の色だそうで、この色がかっこいいそうですよ。あと、アタッチメント武器を持たせることにより、攻撃力もアップしましたし――」
「姫にアドバイスを求めてしまったのはよくわかった。姿が我輩ではなく姫になっているのはそのせいだな」
「む!? い、言われてみれば……!」

 ギアボルト博士が一歩引いて全体を見渡していると、レッドシベリアン・改が先日の再現をするかのように飛び込んできた。

「魔王様! 勇者がこの魔物を置く予定のエリアに到達します!」
「攻撃力は申し分ない。こいつを置くぞ! ひとまずご苦労だった、ギアボルト博士」

 あわただしく電子魔物は運ばれていき、その責務を果たした。見た目に関しては残念な成果だったものの、ゲームバランスの調整には十二分に貢献した。
 魔王がギアボルト博士の元を再び訪れたのは、勇者がレベルアップしてすぐのことだった。
 具体的なフィードバックがないのも問題なのではないかという考えが浮かんでは、確認を怠ったのは自分だと打ち消す。一言でいえば、彼はひどく落ち込んでいた。その上にきっとお咎めを受けるのだ、とますます憂鬱だった。辞職もチラつきはじめる。

「魔王様……」
「あの電子魔物について話がある」

 ギアボルト博士は、魔王の表情を見てごくりと生唾を飲んだ。

(あぁ、なんで辞めようだなんて一瞬でも思ったのだろう)

 世界で一番ふわふわしたフィードバックをしてくるとんでもない上司は、にっこりと笑った。

「見た目は……、正直、我輩ではなく姫に近くなってしまったが、やっぱりギアボルト博士の作る電子魔物は素晴らしいのだ!」
(こうして目を輝かせて褒めてくれるのは、魔王様だけだというのに)

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 さて、今回はからくりエリアのギアボルト博士に密着いたしました。いかがだったでしょうか?
 魔王城はアットホームな職場です。ご応募お待ちしております!