290夜の感想にいたる妄想
ふと気づくと、見慣れたお墓があった。冷たい墓石には「ひめのはか」の文字が刻まれている。
「おや。まったくもう、姫ったら」
通りがかりの誰かが運んで無言で置いて行ったらしいお墓を棺桶に入れ、蘇生の準備をする。おそらく目をつぶっていたってできる、慣れた手順。一時期に比べたら随分と死ぬ回数は減ったのだが、それでも蘇生は日常といってもいい。
そういえば昨日は姫が死ななかったから、約2日ぶりだろうか。
昨日。昨日のことを思い出すと、今にも髪が伸びそうで後頭部がむずがゆくなる。睡魔にはきっと後でからかわれるに違いない。今思うと、私に気付いて私をからかっていたのではないかとも思う。いや、そう思いたいだけかもしれない。私はたぶん、あらゆる面で睡魔に勝つということが想像がつかないのだ。……勝ち負けでは、ないと思うけれど。それでも睡魔には負けたくない。
それにしても昨日のランチは本当に美味しかった。いつも食べているメニューなので、やっぱり姫と食べたからあんなに美味しく感じたのだろうか。しかし、姫と向かい合って二人で食事するというのはやっぱり少し緊張した。姫がじっとこちらを見るから、口を開けることすらなんだか気恥ずかしくて。
今日もランチに誘ったら、さすがに気持ち悪いだろうか。今日はやめておいた方がいいか。けれど、そうしてまた理由をつけてどんどん誘えなくなってしまうのは容易に想像がつく。月に一度……、いや、週に一度くらいは勇気を出すと決めてしまってもいいかもしれない。でもやっぱり隔週の方が――……。
――レオ君が誘ってくれるの初めてだねぇ。
あんなに喜んでくれるとは思いもしなかった。
姫は、旧魔王城だけでなく食堂についてからも「初めて誘ってくれたね」と笑った。それが本当に可愛くて私の心臓はきゅうっと姫の小さな手で握りしめられているんじゃないかと思うほどだった。それなのに未だに可愛いと素直に口に出すことはできない。それを思うと、ランチに誘う方が随分楽だった。
思い出すと未だににやけてしまうのをこらえ、ようやく姫を蘇生する。
「おお姫よ、死んでしまうとは情けない――……」
魔力を消費する甘やかな疲労感を感じ、うっすらと目を開ける。
なんと言おう。おはよう、だろうか。今までなんと言っていたんだっけ。意識してしまうと、普段通りが途端に難しい。
「……?」
普段なら自ら棺桶を開けて「よく寝た」というように伸びをするのだが、今回は随分遅い。そういえば、マンドラゴラ掘りの日は蘇生後にすやすやと寝ていたこともあるし、今回も寝ているのだろうか。しかし、あれは何度も蘇生した後のことで、蘇生後もそのまま寝ていることは滅多にない。
「姫、ここで寝ないで――……」
美しい彫刻のようで、一瞬息を止めてじっと見つめてしまった。次の瞬間には、違和感に気付いてしまった。姫は寝息を立ててはいない。いや、呼吸をしていない。
「……姫?」
己の血の気が引くのを感じる。一度拳を握りしめてみると、指先が冷たい。それなのに、脈をとるために震える指先で触れた姫の首筋は、もっと冷たかった。
目の前に横たわっているのは、姫の姿をした魂の抜け殻だった。
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この瞬間のレオ君の絶望顔見たかったなっていう話です。